これからの建築スケッチ

第5信 蔵としての家

2014.03.26更新

 住宅を設計していると、その理解を深めるために、しばしば人間が住まうことの原型について考える。人類が洞窟の中で生活していた頃までさかのぼってみると、すべての行為が衣食住にダイレクトに関わっていることに気づく。動物の皮を剥いで着るものを繕い、食事のために猟や農作に営み、自分たちの家を周りにある材料を加工してつくる。
 さぞ、忙しかったことだろう。余暇を楽しむ時間などあまりなかったはずだ。地震や大雨など自然の猛威のみならず、他の動物から命を奪われる危険もあっただろうし、医療技術もそれほど発達していなかったことを思うと、生きることが困難であり、自分たちが安定した水準で衣食住を確保することに必死だったことは、容易に想像できる。
 人間がダイレクトに衣食住に関わっていた頃、死というものは今より身近に毎日の生活のなかにあり、物事の因果関係がわからない不幸もきっと多くあった。それらに対して、人間は霊的なシグナルに対する感受性を高くすることで対処していたと考えられる。つまり、神との対話が必要だったのではないか。悪いことを祟りだと捉え、魔除けなどをする。そうした神との対話が明確な形式として見えるものが祭りである。唄を歌い、踊ることで、ことばを超越した身体的なコミュニケーションでもって通信し合いながら生活していたのだ。
 大地の神に農作物の収穫を感謝し、狩猟で獲物を捕えると祝祭が行われる。捕えた動物の皮を剥いで衣服をつくり、その肉を食す。また、骨を道具や武器として使ったりもした。生きることに直接コミットしていた時代の人間がもっとも大事にしていたのは、こうした見えないもの、霊的なものに対する鋭い感覚ではないか。そういう能力を人間はたしかに備えていたように思う。

 しかし、現代は便利になりすぎて、衣食住が表面的にドンドン人間の手から離れていった。人間が生活をするために欠かせない火が制御できる対象になり、コンロや給湯器などの機械に取って代わられたことも象徴的である。自分が着る衣服がどのようにしてつくられているのか、自分が口にする食べ物がどうつくられて、どう料理させているのか、毎日生活している家がいかに建てられるのか、それぞれが専門分野に分化していろんなことがわからなくなりすぎてしまった。そして、衣食住から開放された人間の生活は、余暇という自由な時間を手に入れて、結果的にたくさんの物に溢れていくことになった。
 『地球家族』(TOTO出版)というピーター・メンツェルによる一冊の写真集が示唆に富んでいる。この本には「世界30か国のふつうの暮らし」という副題がついており、世界中の国々で住宅とそこに住む家族が、写真に収められていて画期的な本である。ただ、それだけではない。なんと家の外観写真と共に、家の中にあるすべての物が外に運び出されて陳列された状態で写真に映っているのである。被写体は、発展途上国から先進国まで実にさまざまだが、アフリカの家族が食器などの限られた物で生活しているのに対して、アメリカや日本のような先進国は、驚くほど多くの物に囲まれている。電気製品などにより生活が便利になればなるほど、生きることに拘束される時間が短縮され、余暇がうまれる。すると、豊かさの象徴なのか、装飾的な物など、とにかく家の中に物を多く所有している傾向が見られる。都築響一の『TOKYO STYLE』(京都書院)という写真集もまた、そうした過剰に溢れる物から見え隠れする東京に住む現代の若者の生活する空間を克明に記録した名著である。おびただしい数の物が所狭しと部屋を占有し、生活者の場所を圧迫している様は、人が住まうことの本質をよく表現している。そこに映っている混沌とした空間の中の物たちは、衣服であれ、書物であれ、置物であれ、それそのものの実物としての記号的な情報を発信すると同時に、何か個人的な物語の宿った別の次元のものであることは、間違いない。

 こうして物が溢れる現代において、生活の場所である住宅について再考してみたい。家というものを、生活者が所有している多種多様な物を大切に守る「蔵」として考えられないだろうか。蔵としての家は、自分たちが日頃生活しているなかで発生する物を機能的かつ美しく陳列するだけでなく、丁寧に所蔵するという役割を果たすことが求められる。
 少し前から「断捨離」という言葉をよく耳にするようになったが、それは私たちの生活において、過剰になった物に対する警告ではないだろうか。すっきりした空間で生きていくことがひとつの美徳であるかのようにこぞってメディアが取り上げた。それは、それで良いことかもしれない。適度に物を処分することで、部屋はより快適になるかもしれない。がしかし、人間が生きていく上で、衣食住に直接関わらなくなってしまった現代において、いかにして物とうまくつき合っていくかは、自分の周りにある物を手放して、少ない物のなかで生活するというほど単純なことではない。まず自分の周りに存在するたくさんの雑多な物に対する理解の度合いを深めるための時間が必要である。
 例えば、部屋の中にある本棚は、自分の脳の中が一部表出していると捉えられるのではないだろうか。読んだ、読まないに関わらず、自分が読んでいると思われたい本に囲まれていることが重要であり、知性の表れなのである。自分の本棚に書物が陳列され、いつでも手に取って読める状態にあることで、既に背表紙を通して読書の半分は始まっている。また、リラックスして座ることができる椅子は、われわれの足の延長と捉えられないだろうか。椅子や机などの家具によって、地べたではできないことが容易にできるようになった。
 つまり、その人の住まう空間は、その人の身体の延長である。実際の建築をつくるのは、大工さんなどの職人であったとしても、その部屋は、生活する者にとって自由に物が飾られ、使うことができるキャンヴァスなのである。部屋を、その人の身体の延長だと捉えて考えてみたいのだ。
 動物の巣作りをイメージすると、親鳥は小枝などを周辺環境から集めて鳥の巣をつくる。卵からヒナをかえすために暖を取り、敵から身を守っている。人間の部屋もまた、外の世界から身を守り、自分の身体感覚を拡張する役割を果たしている。部屋の物理的面積が限られていると、いかにして的確な物に囲まれて生活するかは、そこで過ごす時間の豊かさに影響する。

 当然のことだが、人によって所有したい物はそれぞれだ。先に挙げた2冊の本にも見られるように、プラモデルやフィギア、スニーカーのコレクションをする人がいれば、膨大な数のCDやDVDで好きな音楽や映画に囲まれていると安心する人もいるだろう。緑の好きな人は、観葉植物が部屋にたくさんあるだろうし、音楽家は、多くの楽器を所有していることだろう。壁に大好きな画家の絵を掛けたり、感銘を受けた映画や展覧会のポスターを貼ったりもするだろう。
 私は、個々人の趣味についてどうこう言っているのではない。問題は、部屋をどのようにして心地よい空間に仕立て上げていくかというプロセスに関心がある。そのためには、まず掃除が大事であるというごく当たり前のことから述べたい。一日に一度の掃除をルーティンにすることで、部屋の風通しがよくなり、時間にリズムがうまれる。たまった埃を拭き取ることは、精神的にも気持ちがいいもので健康な精神状態を保つにも有効である。机をちょっと整理するだけで、仕事がはかどるように、掃除することは、自分が所有する物に対して手をかけて大切にすることを意味し、それによって物が長持ちする。そこから物に対して愛着がうまれ、ゆっくり時間の流れを意識していく。子どもの頃、柱に身長を刻んだりしたことも、部屋に対する時間の蓄積のひとつの好例である。
 また、掃除をするということは、自分の場所に対して自分ひとりの問題に閉じるのではなく、人に見られているという感覚が芽生えることも大きい。それによって部屋が何かを共有する場所へと感覚が広がっていければいいと思う。綺麗になった部屋には、友人を招きたくなったりしないだろうか。プライベートな部屋に客を招くことで第三者の視点が入り、部屋はより健全な姿に近づく。どのような物を自分の部屋に配置するかで、空間の質が大きく変容するのは、部屋がキャンヴァスであるからに他ならない。

 一枚の銅版画を部屋に飾るとする。それは、画廊で銅版画を見るのとは、まったくちがった経験である。その銅版画に描かれたものは、その飾られた場所の空気を呼吸するのであり、どこに飾られるかで初めて作品が生きてくる。そして、その銅版画が発する気を感じるためには、自分自身の身体感覚も徐々に変化し、長い時間を必要とする。つまり、毎日その作品と対峙することでじわじわ見え方が変わってくることに気づくはずだ。元気がないときに、ふと勇気づけてくれるような作品はたくさんある。もちろん、一枚の写真や友人から届いたお気に入りのポストカードでも良い。部屋に飾られた物が時間をかけてその空間の空気を呼吸し、自分との関係を築いていく。それが、自分の祖父の形見のものだったらどうだろう。そこに込められた想いらしきものを、より強く感じられるのではないだろうか。
 そうした感覚を育むためにも、日々掃除をし、自分の部屋に対する感受性を見えない霊的なものにまで広げてみたい。何も高価な芸術作品や素敵な家具に囲まれた生活を勧めているのではけっしてない。蔵としての家には、効率性や機能性では考量し得ない身体感覚をもつことで、家に心の置き場をつくりたいと言い換えてもよい。そのための時間と空間の余白を残しながら、それぞれの物語を大切にした居心地のいい部屋づくりを心がけたいのである。 時間をかけて気が練り込まれた物を部屋の中に配布することで、自身を囲む環境がゆっくり変化し、自分の人となりが必ずその空間に宿っていく。子どもの頃につくった秘密基地を楽しむ感覚でもって自分の住まう空間を整え、健康な心理状態を養いたいものだ。部屋の壁紙を張り替えたり、本棚を整理したりするといった小さなセルフビルドから家に対する感覚磨きを始めてもいいかもしれない。

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光嶋裕介こうしま・ゆうすけ

建築家。東京・目黒と、兵庫・神戸在住。

1979年、アメリカ、ニュージャージー州生まれ。男三兄弟の次男。8歳までアメリカで育ち、「ブライアン」というミドルネームを持つ。帰国して、奈良の小学校を卒業すると、また父の転勤でトロントとマンチェスターで中学生活を送る。
1995年、単身帰国し、早稲田大学本庄高等学院に入学。大学時代は毎年夏休みに5、6週間のひとり旅。行き先はいつも憧れのヨーロッパ。
2002年、早稲田大学理工学部建築学科を卒業し、大学院は石山修武研究室へ。
2004年、大学院卒業とともにドイツの建築設計事務所で働き、ベルリン生活を満喫。4年後に帰国し、事務所を開設。一級建築士免許取得。その間、内装設計やコンペ、ドローイングに銅版画を描いたりする毎日。
2010年、思想家の内田樹氏の自宅兼道場(合気道)の設計を依頼され、翌2011年、建築家としての処女作、凱風館(がいふうかん)を神戸に完成。SDレビュー2011に入選。また、凱風館の竣工と共に内田樹師範の下、合気道を始める。凱風館の工事中、糸井重里氏の主宰する「ほぼ日刊イトイ新聞」にて『みんなの家。~建築家1年生の初仕事~』という連載を執筆し、アルテスパブリッシング社より書籍として刊行。ライフワークである「幻想都市」を描いたドローイングをまとめた『幻想都市風景』(羽鳥書店)も同年に刊行。2013年には最新作の『建築武者修行~放課後のベルリン』(イースト・プレス社)を刊行。
2010年より桑沢デザイン研究所、2011年から2012年まで日本大学短期大学部、2013年より大阪市立大学にて非常勤講師を務める。さらに2012年からは、首都大学東京・都市環境学部に助教として勤務中。

光嶋裕介建築設計事務所

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