これからの建築スケッチ

第6信 移動する人たち

2014.04.29更新

 移動することについて考えてみたい。
 人は、歩くことで場所から場所へと移動する。もっと早く遠くへ移動するために自転車や自動車にも乗ったりする。さらにスピードを上げるために電車や飛行機に乗って移動し続けているのが人類の歴史と言えるかもしれない。この移動するということは、時間と深く関係している。
 遠く昔、人は獲物を得るために狩猟民族として山や森のなかをずっと移動していたし、農作をすることで定住することが可能になった。水のある海や川を拠点に、物と人が移動しながら都市を形成していったのである。現代の高度化された情報化社会においてもわれわれは、移動し続けている。「移動する(モバイル)」という意味をその名前にした携帯電話が象徴的だ。がしかし、移動することの意味合いは少なからず変わってきた。インターネットというヴァーチャルな世界の中でかなり多くのことが人間の物理的な移動を必要としないまま処理できるようになっている。便利さの追求である。

 ところが、建築は動かない。あるいは、動けない。建築は、ある特定の場所に根づいていることが絶対条件である。具体的には重いコンクリートの基礎の上に組み上げられて建っているので、物理的に移動することはできないのだ。
 だから人間が動くしかない。世の中が便利になって、移動することが不必要になった部分もあるかもしれないが、質感のない無味無臭のモニターの中の情報は、当然具体的な場所に行ってみて手に入る情報とはまったく異質なものである。写真で見る富士山の風景と、実際にあの山が放つ壮大なエネルギーは、行ってみて初めて感じることができるもの。自分の身体を通して、それぞれの方法で感じるのである。至極当たり前のことだ。ある場所における空間体験を通してわれわれの身体のセンサーが感知することのできるシグナルは、意識的にも、無意識的にも、多様であり、コンピューターが与えてくれる文節された情報とは比較にならない。

 移動することで、前に居た場所から違う場所に身を委ねることができるということは、自明である。ドラえもんの「どこでもドア」が存在しないかぎり、瞬間移動することは、できない(そんな未来が来てくれたらと思うのだが、きっと無理だろう)。すると、先にも述べたように移動するには、時間がかかり、スピードと関係してくる。速さと時間の積が移動距離になるわけで、目的地に対していかなる手段で移動するかが、問題となる。

 たとえば、街の風景を楽しむには、歩いたり、走ったりするスピードがちょうど良いし、目的地へと急いでいる場合は、自転車や自動車が適しているだろう。私は、常日頃からから東京と神戸を頻繁に行き来するため、新幹線によく乗る。時速300キロで走る「のぞみ」は水に流れているようなスピード感で、たしかな身体感覚として刻まれる。いささか速すぎるくらいで、何かを後ろに置いてけぼりにしてしまっている感覚さえ芽生えるほどの速さである。
 さらにその何倍も速い飛行機に乗っても、それが地面から離れて、空の上であることもあって、そのスピードを体感することはなかなか難しい。対して、新幹線は車窓からの風景が見えることで移動していることを実感させてくれる。

 品川から乗って、神戸に向かう際、進行方向右側の窓席であるE席にいつものように座ると私は、右の3つの内のどれかをする。日頃の寝不足からただ単に眠るか、読みかけの本をじっくり読むか、締め切り間際の原稿を書き進めるかのどれかである。むろん、まさに今この原稿も新幹線の中で書いている。年間100回近く乗車していると、品川〜新大阪間の約2時間半の時間は、ひとつの単位としてルーティーンとなって身体が覚えているくらいだ。
 しかし、実は、新幹線の本当の楽しみ方は、何もしないで、ぼうっと外の風景を見ることだと私は信じている(なかなか実行できないでいるのだが)。それは、日本という国のことが実によくわかるからだ。トンネルの多いことで、この国に山が多いことを知り、里山や稲穂の広がる風景がさまざまにある美しさを見る。駅に近づくと、見慣れたビル群の都市の風景が建ち並ぶ。また、日本の家々が大変小さいことに気づく。過剰なまでに密集した住宅街を新横浜の少し先辺りでよく目にする。国土が小さいこともあるし、お行儀よく家が林立している姿を見ると、外国から来た友人たちは必ず驚嘆する固有の風景だ。

 こうした移動手段の発達により、短い時間でより遠くへ行くことができるようになった。移動することは、旅することである。ゲーテの『イタリア紀行』を引くまでもなく、人は旅を通して異なる文化と接触し、知的好奇心をもって、世界の豊かさを発見してきた歴史がある。旅の醍醐味は、その過程が困難であればあるほど効果的であるため、あまりに容易にいろんな場所に行くことが可能になった現代は、何か足りないのかもしれない。むしろ、日々の日常生活のなかにこそ、この「旅の感覚」をもって移動することで何かを発見することが必要であるように思えてならない。


 では、建築の中を移動することに目を向けてみたい。空間は建築の中に入って、移動することで初めて享受されるものである。立ち止まっていると思っていても、眼球が微振動しているわけで、われわれは常に「動き」のなかにあると解釈することもできるだろう。具体的に建築の中での移動で言うと、部屋と部屋の間の水平移動のために、廊下や通路があり、垂直移動のために、階段やスロープがある。他には、電気的に動くエスカレーターやエレベーターもある。こうした建築の中での動きがそのまま建物の形態を決定し、表現されている名建築がある。

 ニューヨークのセントラルパークに程近いグッゲンハイム美術館だ。ドーナツを重ねたような特徴的な外観をしているこの建築を設計したのは、アメリカで最も有名な建築家であるフランク・ロイド・ライト。彼は、この美術館の垂直移動をそのままアートを鑑賞する空間に仕立て上げた。それは、エントランスを抜けると突然現れる。大きな円形の吹き抜け空間を中心に配置し、螺旋状のスロープを計画したのである。このスロープの幅が広く、ただ歩いて上下に移動するだけでなく、その過程で美術作品を鑑賞するという美術館の中心機能を果たしたのである。美術館の主役である展示室が、脇役であるはずの動線空間にまで溢れ出たのである。
 そもそも美術館では、スピードに差こそあれ、大きな展示室の中を移動しながら作品を見る。ライトが着目したのは、この動き続けるなかで豊かな芸術体験を提供しようと、緩やかなスロープそのものまで作品鑑賞可能な場所として見事にデザインしたのである。

 人が移動するのは、なにも美術館だけではない。モダニズムの巨匠ル・コルビュジエが設計したサヴォア邸もまた、魅力的な移動空間を有した住宅である。家のど真ん中に折り返しのスロープを挿入することで、劇的なシークエンスを生み出している。一歩一歩進むごとに目線が変化し、空間の中で自分の身体を定位する感覚が細やかに設計されている。壁に閉じられた階段室で、下から階段を上り切ったら二階になるのと違って、開かれたスロープで移動することでダイナミックな変化を体感することができるのだ。スロープは、階段より平面的に広い場所を必要とするため、家の中のほかの部屋の面積が自ずと小さくなる。それでもコルビュジエは、明るいスロープを選択した。

 建築が人間のために存在するのが大前提であるのであれば、そうした人の動きを考慮した空間をデザインすることは理にかなっている。それこそが、生き生きした建築を設計する根拠にならないだろうか。
 要するに、建築の中で自然に動きたくなるような空間のあり方を想像したい。壁の素材の組み合わせと光の入り方で、視覚的な運動を誘発することができると私は考える。柔らかい杉の板の上を歩く際には、足の裏がたしかな感触として床の素材を記憶することも移動することに影響する。空間の大きさも運動と関係する。部屋の広さが体感されるのは、その前に居た場所との対比や天井の高さが大事な役割を果たすからである。そうした建築の中での移動を意識することで、その建築に対する愛着が生まれ、より変化に富んだ建築として長く生き続けられることができるのではないかと考えている。

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光嶋裕介こうしま・ゆうすけ

建築家。東京・目黒と、兵庫・神戸在住。

1979年、アメリカ、ニュージャージー州生まれ。男三兄弟の次男。8歳までアメリカで育ち、「ブライアン」というミドルネームを持つ。帰国して、奈良の小学校を卒業すると、また父の転勤でトロントとマンチェスターで中学生活を送る。
1995年、単身帰国し、早稲田大学本庄高等学院に入学。大学時代は毎年夏休みに5、6週間のひとり旅。行き先はいつも憧れのヨーロッパ。
2002年、早稲田大学理工学部建築学科を卒業し、大学院は石山修武研究室へ。
2004年、大学院卒業とともにドイツの建築設計事務所で働き、ベルリン生活を満喫。4年後に帰国し、事務所を開設。一級建築士免許取得。その間、内装設計やコンペ、ドローイングに銅版画を描いたりする毎日。
2010年、思想家の内田樹氏の自宅兼道場(合気道)の設計を依頼され、翌2011年、建築家としての処女作、凱風館(がいふうかん)を神戸に完成。SDレビュー2011に入選。また、凱風館の竣工と共に内田樹師範の下、合気道を始める。凱風館の工事中、糸井重里氏の主宰する「ほぼ日刊イトイ新聞」にて『みんなの家。~建築家1年生の初仕事~』という連載を執筆し、アルテスパブリッシング社より書籍として刊行。ライフワークである「幻想都市」を描いたドローイングをまとめた『幻想都市風景』(羽鳥書店)も同年に刊行。2013年には最新作の『建築武者修行~放課後のベルリン』(イースト・プレス社)を刊行。
2010年より桑沢デザイン研究所、2011年から2012年まで日本大学短期大学部、2013年より大阪市立大学にて非常勤講師を務める。さらに2012年からは、首都大学東京・都市環境学部に助教として勤務中。

光嶋裕介建築設計事務所

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