これからの建築スケッチ

第7信 芸術の文脈と身近さ

2014.06.30更新

 ヴェルナー・ヘルツォーク監督が、南フランスにあるショーヴェ洞窟の中に潜入した秀逸なドキュメンタリー映画『世界最古の洞窟壁画』を見ていると、つい芸術が生まれ出る瞬間に想いを馳せる。旧石器時代において、人間と芸術はどのような関係にあったのか、何のためにあのような動物たちの絵は描かれたのか、洞窟の暗闇の中、火を起こし、劣悪な環境下にもかかわらず、いかにして躍動感ある動きに満ちた絵を描き上げることができたのか。
 このショーヴェ洞窟に描かれた壁画は、もちろん制作者という個人はわかっていない。詠み人知らずの芸術である。そもそも芸術を単純に自我の表出と捉えることには、いささか無理がありそうだ。つまり、何万年も前にあそこに描かれた洞窟壁画は、二次元の絵画表現という枠組みを超えて、生活の根源的な部分と深く関係し、霊的なものとの接近であり、祈りや踊りと固く結びついているのではないか。芸術を自己表現としてではなく、生きていくための必然的な行為としての仮説に基づき、その延長線上にある「美術館」というもののあり方について論じてみたい。

 これからの美術館の可能性について考えるに際して、最大の問題点は何かと言うと、美術館があまりに非日常化してしまい、芸術の墓場と成り下がってしまったことにある。
 創造するという芸術が満たす欲求は、人間の生きていく上で欠かすことのできない行為であるはずが、今ある美術館には、創造の場としての生き生きした雰囲気が著しく欠けているように思えてならない。それは、芸術がある格式に守られた特別階級だけのためのものになってしまい、多くの者にとって、もはや身近なものとして感じることができなくなってしまう程、遠いものになったことに起因するのかもしれない。では、どのようにすればいいのだろうか。


 私は、ふたつのことを提案してみたい。ひとつは、芸術のための場所の再発見である。芸術は、絵画であれ、彫刻であれ、その作品が置かれている背景も大切な役割を果たす。要するに、作品単体で存在することはなく、展示される場所との相互に生み出す関係性によって初めてアートは成り立つと言っていい。そのためには、ホワイト・キューブ(白い立方体)と言われる無味無臭の綺麗であり、また光も明るくて、制御可能な場所だけを世界中に量産しても、人を感動させられるような強度ある芸術など提示できない。それは、結果的にどこに行っても、同じような環境で、見慣れた芸術に対面するだけになってしまい、挙げ句の果てには飽きられてしまうのだ。今まで見たことのない、「初めて」の体験が芸術を芸術足らしめるわけで、この驚きこそが何よりのスタート地点であるはずだ。あらかじめ想像がつくような予定調和なものは、決してアートになりえないのである。

 具体的には、コペンハーゲンの郊外にあるルイジアナ美術館が好例だろう。このひっそりとした美術館は、交通の便が悪く、行くのに少しばかり苦労するけれど、芸術との新鮮な出逢い方においてすごく魅力的な空間体験を提供してくれる。決してどこにでもあるようなミュージアムなどではない。19世紀に建てられた邸宅を段階的に改修増築し、回廊で結びつけられた集落のような印象があり、海のある自然と融合した展示室の集合体として特徴的な美術館なのである。
 芸術作品と鑑賞者の関係性が、展示室毎に多様に演出されている。ときに天井の高い展示室があったり、廊下から美しい中庭が見えたり、スロープが組み込まれていることで、とにかく目線がよく動く。
 私は、ここで森の見えるガラス越しのジャコメッティーや、マティスの切り絵の企画展を観たときに、芸術が場所とこれほど見事に呼応していることに感動したのを今でもはっきりと覚えている。やはり、ここでしかできない個別な芸術体験が重要であると確信したのである。

 場所の発見という文脈では、芸術作品が主役でありつつも、展示される空間そのもの、つまり建築が「キャンヴァス」となるため、ただ広くて、白くて、綺麗であればいいのではないのだ。特徴なきニュートラルなものではなく、個別な文脈が必要であると考える。文脈を物語と言い換えてもかまわないだろう。ショーヴェの洞窟壁画が、山と川がある美しき自然の中の岩山、あの場所でしかなければ成り立たないように、芸術行為には、背景となる文脈が一定の必然性とともに共立しなければならない。ある用途としてつくられた建築が改修されて、美術館にコンバージョンされることは、芸術作品にとってのミッシング・ピースがみつかったようなもので、拮抗した健全な緊張関係が作品と空間によって調和と共に生み出されるのである。

 ニューヨーク州にあるディア・ベーコン美術館は、使われなくなったレンガ造りの大きな倉庫が、現代アート屈指のミュージアムに生まれ変わった例である。また、ベルリンには、駅を改修したハンブルガー・バンホフ・ミュージアムや、ロンドンのテートモダンも、その役割を終えた電力発電所を美術館にコンバージョンした名建築だ。なにも新築の美術館がダメで、旧い建物を利用した美術館が無条件に良いと述べているのではなく、あくまで芸術を発信するプラットフォームとして、その場所との関わり方が深く、たしかなものであればあるほど、そこで展示されるアートも絶妙な調和と対比を起こし、総合的な情報発信が可能になり、生き生きした空間になると言いたいのである。
 ふたつ目の提案は、美術館としての機能の拡張、もしくは解放である。つまり、芸術作品の展示場所としての美術館だけでは、なかなか人は集まらないのではないか。芸術的な体験をより身近に感じてもらい、気軽に足を運んでもらう必要がある。カフェやショップが併設されているだけでは不充分で、ライブ・コンサートやトーク・イベント、ファッション・ショーなど意外なものと芸術を組み合わせるような祝祭性のあるものを定期的に企画するのもいいかもしれない。
 そのほかには、美術館と学校によって子供とアートの接近を試みるためのワークショップなどもいいかもしれない。工房などがあり、芸術が生まれる瞬間に立ち会うことは、かけがいのない体験となるだろう。また、美術館とオフィスを組み合わせて、ビジネスと芸術の化学反応も面白いかもしれない。機能を掛け算し、多面的な体験と多様な環境をつくり出すことに成功すれば、きっとそれは、その場所でしか実現しないアートの器となり、そこでなくてはならない芸術のバトンを繋ぐ可能性を秘めるようになる。そのためにも、日頃の生活のなかに芸術との接点をつくることが望ましい。またその関係性において、なるべく世代を超えた「学び」が発生するようなことができると素晴らしい。これからの美術館というものは、もしかしたら、今われわれの周りに埋もれてしまっている場所(空間)を発見し、それを芸術の拠点として再生するようなささやかなものかもしれない。そこに、美術館とはまったく違う機能との共存をすることで、新しい振る舞い方を発見できるような場所になってほしいものである。

 日常の中に芸術を取り込むことは、何も難しいことではないように思う。美術館に行きたくなるような感性をそれぞれが自身の中に育むためには、常日頃から過ごす「家」の中に芸術を取り込み、芸術作品と接する時間を長く持ってほしい。より身近なものとして、芸術作品に触れることは、自分の身体感覚を更新することになる。お気に入りの絵画や写真を購入し、自分の生活空間に配置することで、芸術が日常のなかで本領を発揮する。なぜなら、良い作品というものは、その場所の空気を呼吸するからだ。そして、ゆっくりと空間を変容させる力を持つのである。絵を見て、少し元気になったり、何かを語りかけられたような気持ちになることは、多々ある。そうした芸術が作用する瞬間に立ち会う時間を継続させることで、美的なシグナルを受信するセンサーの感度が上がり、自分の中の美意識が自然と磨かれていく。

 芸術との距離感を縮め、個々人がアートをより身近なものにすることで、美術館もより馴染み易いところになるだろう。そして、日常の一部になった芸術は、生きていく上でなくてはならないものとなり、あのショーヴェの洞窟壁画のように神秘的な輝きを放つことになる。また、芸術作品をしっかりとした文脈の中で保存し、未来へと継承していくと、美術館という建築は「記憶の器」という人間にとって最も重要な役割を達成することになる。

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光嶋裕介こうしま・ゆうすけ

建築家。東京・目黒と、兵庫・神戸在住。

1979年、アメリカ、ニュージャージー州生まれ。男三兄弟の次男。8歳までアメリカで育ち、「ブライアン」というミドルネームを持つ。帰国して、奈良の小学校を卒業すると、また父の転勤でトロントとマンチェスターで中学生活を送る。
1995年、単身帰国し、早稲田大学本庄高等学院に入学。大学時代は毎年夏休みに5、6週間のひとり旅。行き先はいつも憧れのヨーロッパ。
2002年、早稲田大学理工学部建築学科を卒業し、大学院は石山修武研究室へ。
2004年、大学院卒業とともにドイツの建築設計事務所で働き、ベルリン生活を満喫。4年後に帰国し、事務所を開設。一級建築士免許取得。その間、内装設計やコンペ、ドローイングに銅版画を描いたりする毎日。
2010年、思想家の内田樹氏の自宅兼道場(合気道)の設計を依頼され、翌2011年、建築家としての処女作、凱風館(がいふうかん)を神戸に完成。SDレビュー2011に入選。また、凱風館の竣工と共に内田樹師範の下、合気道を始める。凱風館の工事中、糸井重里氏の主宰する「ほぼ日刊イトイ新聞」にて『みんなの家。~建築家1年生の初仕事~』という連載を執筆し、アルテスパブリッシング社より書籍として刊行。ライフワークである「幻想都市」を描いたドローイングをまとめた『幻想都市風景』(羽鳥書店)も同年に刊行。2013年には最新作の『建築武者修行~放課後のベルリン』(イースト・プレス社)を刊行。
2010年より桑沢デザイン研究所、2011年から2012年まで日本大学短期大学部、2013年より大阪市立大学にて非常勤講師を務める。さらに2012年からは、首都大学東京・都市環境学部に助教として勤務中。

光嶋裕介建築設計事務所

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