きんじよ

第4回 けいはんばす

2016.01.02更新



 園子さんが用事でまるまる一日家にいないとき、ひとひとは僕はよく、「バスのたび」をする。京都市バスの一日券を500円で買って、東西南北、碁盤の目を、あっちへ、こっちへ移動する。よく知っているとおもっていた景色も、はじめて乗るバスの車窓から眺めると、まったくあたらしい光とかたちをもって、目の前にあらわれる。
 十二月の初旬、うちでたっぷり「やまは」の練習をやってから、お昼前、ふたりで追いかけっこしながら、三条京阪の駅まで歩いていった。そこからまず、比叡平行きの「けいはんばす」に乗る(京阪バスは、市バスの一日券が使えません。念のため)。熊野神社を過ぎるあたり、比叡山まであがると他になんにもできなくなってしまう、と思い当たり、ひとひと相談し、銀閣寺前で降りることに。公衆電話から「おおきに屋」に電話すると、最近いそがしく、ランチ営業はやってない、とのこと。
「じゃあ、よこにすわるえいでん、のって、おにぎりたべよか」
「うん!」
 17系統の市バスで出町柳まで。「よこにすわるえいでん」とは、ソファ席のついた、鞍馬行きのパノラマ車両のこと。ところが、駅でのトイレに時間がかかり、車両に飛び乗れたはいいものの、駅前のお弁当屋さんで、おにぎりを買うひまがなかった。
「おなかすいたかな」
「うーん。すいたわ」
 とひとひ。
「このでんしゃ、いっかいのられたから、おりて、おひるごはんたべるわ」
 一乗寺で下車(叡電は、もちろん、市バスの一日券が使えません。念のため)。ラーメン屋はいつも混んでいる。うどん屋はたまたまお休み。うろうろ歩くうち、魚屋さんに隣接した素敵な居酒屋・定食屋「まごころや」の前に出た。
「ここええやん」
「はいろ、はいろ」
 中学生男子ふたりのような親子。ここでひとひは、工事のおっちゃん一人前はある、大盛りのお刺身定食を平らげました。お味噌汁をのんで「あー、おいっしーなあ」と、こんなにうまそうな顔をしたのも初めてだった。
 高野まで歩き、31系統に乗って東山二条でおり、府立図書館まで歩いて「郷土資料」コーナーを物色。「けいはんバス」と「しバス」の本を借り出す。新たにできたシャトルバス「おかざきループ」に乗り、河原町三条でおり、BAL地下の丸善で、電車の本を立ち見。
「おやつたべにいく。ごじょうの、はしの、ぎりぎりのきっさてん」
 とのことで、205系統に乗り、河原町五条。川に「ぎりぎりに」面した、おしゃれすぎるカフェ「エフィッシュ」へ。じつは、ひとひにとって、丸太町通からここまでが、自転車の「きんじよ」圏内。鴨川の左岸をつーっと通って、おやつを食べにくる。
 今日も「洋ナシのラッシー」を飲み、僕のビールについてきたピスタチオの皮を口にいれてなめている。なぜか実でなく皮が好き。ソファ席で、わざわざ持ってきた愛読書「頭文字D」の第五巻をひらく。ギュイーン、ガガガ、ゴゴゴゴー。
 冬の夕暮れ、アオサギがぼーっと、なんにも考えていない風に立っている。夕焼け雲のなかに、この星の行く末を見てとっているのかもしれない。公衆電話からかけてみると、園子さん京都駅についてもうすぐ帰る、とのこと。五条大橋を渡り、京阪電車の普通に乗って(もちろん、市バスの一日券は使えません)丸太町駅へ。五時過ぎ、うちに帰る。


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いしいしんじ

作家。大阪生まれ。現在、京都のミシマ社の「きんじよ」に在住。2016年 『悪声』で第4回河合隼雄物語賞受賞。6月に新刊『海と山のピアノ』を刊行予定。お酒好き。魚好き。蓄音機好き。

KBSラジオ「いしいしんじのころがるいしのおと」を毎週火曜日午後9時半から放送中。イベント「いしいしんじとコロちゃんの(だいたい)78回転のアルバム」を京都・誠光社にて定期開催中。

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