きんじよ

第6回 きんじよ

2016.01.16更新



 山本家、落合家とは、親子ふくめて、誰かの誕生日や長い休みには、集まれるかぎり三家族で集まることにしている。
 はじまりはスイミングだった。出町柳のスポーツクラブ「ヘミング」の、ベビースイミングの教室に通いだしたのは、ひとひが生後八ヶ月の頃。
 親子でプールにはいり、親は赤ん坊を抱っこして、かけ声に合わせて高々とさしあげたり、水面でゆらゆら揺らせたりしながら、二十五メートルプールの端から端まで歩く。あるいは赤ん坊にヘルパーをつけ、手をつないで水面を滑らせる。親子十数組いるなかで、男親はふた組ほどしかいない。
 三歳まで「ベビー」のクラスがつづく。ひとひは「ももちゃん」「もっちゃん」ふたりの女の子と仲良くなった、というより、女子ふたりのおもちゃ、しもべとなった。


 二歳三歳で、女の子はすでに立派な「女性」である。いっぽう男の子は、もうそのときから中学生的な「あほさ」を露呈している。落合家のももちゃんがひとひより半年、山本家のもっちゃんが三ヶ月年上。乳幼児にとっては那智の滝くらいの落差だろう。
 おかあさんらふたりは、結婚する前からの仲良し。話してみると、ふた家族とも、うちから鴨川を渡って、ほんのすぐのところに住んでいる。たちまち交流がはじまった。もっちゃんの誕生日には僕がハッピーバースデイをへたなサックスで吹いた。ひとひの誕生日にはももちゃんからひとひへ人生初のラジコンカーが手渡された。
 そうしたイベントばかりでない。三歳を過ぎてから、スイミングの行き帰り、もっちゃん、ももちゃん、ひとひの三人は、軌道をはずれたほうき星みたいにくるくるまわり、走り、笑い、つっつきあい、転び、泣き、泥を跳ね上げ、爆発する。奇声を噴射しながら宙を飛ぶ。おとなは誰もついていくことができない。いや、かしこい母親三人は、はなっからついていくつもりがない。
「しんじさぁん!」
 ももちゃんに呼び出される。いちばんのアネゴだ。
「はやく、ドロボーしな! ぴっぴ、もっちゃん、よういして、つかまえるよっ!」
 僕はへんな身振りで歩き、落ち葉や空き缶やいろんなものを適当に拾いあげると、やにわに、タタタタ、と走りだす。三人はゲラゲラ笑って追いすがる。三歳、四歳とはいえ三人で取りすがられるとマジで動けない。
「たすけてー、たすけてー」
「ダメー!」
 鴨川の河原。芝生の上。三家族の屋内。アスファルトの路上。何度三人に組み伏せられたか知れない。
 そのうち性格が分かれてきた。もっちゃんは冷静に、
「それは、ちゃうやろ」
 と離れた場所で、笑ってみている。ももちゃんは相変わらずアネゴ、みんなが無事自分についてきているか、たえず振り返って注意している。ただ、暴走するひとひの勢いに乗せられ、無軌道に突っ走ることもしばしば。そして、唯一の男子、ひとひはまったく他人に合わせようとせず、ひたすら自分がおもしろいことだけを、「あほさ」を炸裂させ、やり通す。

 落合家が福岡に引っ越すことになり、京都駅に見送りにいったとき、ひとひは、おかあさんと手をつないでゆらゆらしているももちゃんの肩を、ぽん、ぽん、と叩いて、またあしたね、といった。
 じつは僕も、ひとひのことばくらいの距離感でつきあっている。お正月、夏休み、落合家は京都に戻ってくるし、そうなれば山本家と相談し、どこかで必ず、何度か集まりをもつ。どこかへ泊まりがけでいけば、三家族のおとうさんが、三人の子をお風呂にいれる。おかあさんたちは女子としていろいろ話すことがあるのだ。
 ももちゃんともっちゃんは、ふたりのおかあさんより長いつきあいを、始めたばかり。そこにひとひも混ぜてもらい、僕は五十を前に、いまだ中学生的な「あほさ」のもと、毎度ドロボーとして組み伏せられている。
「またあしたね」
 三人の子がいいあう。福岡なんて、うちのすぐ「きんじよ」だ。


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いしいしんじ

作家。大阪生まれ。現在、京都のミシマ社の「きんじよ」に在住。2016年 『悪声』で第4回河合隼雄物語賞受賞。6月に新刊『海と山のピアノ』を刊行予定。お酒好き。魚好き。蓄音機好き。

KBSラジオ「いしいしんじのころがるいしのおと」を毎週火曜日午後9時半から放送中。イベント「いしいしんじとコロちゃんの(だいたい)78回転のアルバム」を京都・誠光社にて定期開催中。

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