きんじよ

第7回 けいせい

2016.01.23更新


 BAL地下の丸善で、新刊発売記念のイベントをひらくことになった。ただ一日なにかして、お客さんにきてもらい、それで解散、というだけではもったいないので、お店のみんなと相談し、昨年の末から、いろいろと店頭で「しこむ」ことにした。
 オープンしてすぐのとき、はじめて京都丸善を訪ねて感激した。ほんものの丸善が帰ってきた、とおもった。なにしろ、地下一階二階にひろがる売り場のうち、地下二階のほぼ半分が洋書売り場なのだ。丸善としてのプライド、気概がみなぎっている。
 さらに文芸書コーナーの充実ぶりがものすごい。よそのどこにでもあるものは少なく、ここでしかみつからないかもしれない小説が国内外とわず、デーン、と誇らしげに置いてある。
 オーソドックスなかたちの大型新刊書店としてはまちがいなくいま日本一だ。僕がそう決めた。
 新刊コーナーの一部を、まるまる「いしいしんじコーナー」とし、現在入手できる僕の単行本、文庫本をすべてそろえてくれた。僕はそれにすべてオリジナルの「解説POP」を作って立ててもらった。なんだかお祭りの屋台のようだ。
 連作掌編を毎週一篇ずつ書いて、「いしいしんじコーナー」で無料配布してもらう。シリーズのタイトルは「フルーツ」。
 一篇目が「りんご」。
 二篇目が「みかん」。
 三篇目が「いちご」。
 そして一月十六日、イベント当日、「その場小説」で「檸檬」を書いた。京都の丸善といえば、当然このフルーツだろう。いざ漢字が書けないと困るので、前日、いちおう「檸檬」を練習した。からだの芯で昔読んだこの短編の熾火がちりちりと赤く燃えだすのがわかった。
 「丸くて善きもの」とはすなわち、フルーツ、果物のことにちがいない。
 「その場」には、ひとひが、園子さんがいた。ひとひの友達のもっちゃん、シトロエン乗りの奥村さんもいた。
 進々堂の続木さんがいた。一保堂の都さんがいた。淡交社の門前さんがいた。
 ミシマ社の鳥居さん、誠光社の堀部さんがいた。画家の玲子ちゃん、音楽家のヨース毛くん、小説家の福永さんがいた。
 みんなで同じひとつの「檸檬」をかみしめた。「檸檬」は薄くスライスすると本のページと同じになる、という話になった。ここにいるみんなと一緒だからこんな話になったんだ、と書き終えておもった。
 ひとひともっちゃん、それに謎のこどもたちは、小説がつづくあいだ、歓声をあげながら、店じゅうをつかってかくれんぼをしていた。ひとりひとりが、本のあいだにそっと隠された、黄金色のフルーツになっていた。


お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

いしいしんじ

作家。大阪生まれ。現在、京都のミシマ社の「きんじよ」に在住。2016年 『悪声』で第4回河合隼雄物語賞受賞。6月に新刊『海と山のピアノ』を刊行予定。お酒好き。魚好き。蓄音機好き。

KBSラジオ「いしいしんじのころがるいしのおと」を毎週火曜日午後9時半から放送中。イベント「いしいしんじとコロちゃんの(だいたい)78回転のアルバム」を京都・誠光社にて定期開催中。

バックナンバー