きんじよ

第9回 ほん

2016.02.06更新


 一月半ばの火曜、岡崎の府立図書館にいってみたら、前日の月曜が休日オープンとかで、お休みだった。しばらく立ちつくし、そしてふりかえると、真後ろに、まさにその月曜にオープンしたての、ロームシアター京都、蔦屋書店の店がまえ、そして、スターバックスコーヒーの、有名なロゴマークが目にはいった。

 蔦屋さん。
 さっと、東京、代官山店の風景が脳裏をかすめる。ここ数年、訪れるたび、淡水に投げ入れられたハマチのように、あっぷあっぷ、息があがるのを感じてきた。そんなものあるはずがないのに、お店のどこかに「関西弁のご使用はお控えください」と表示されてある気がし、勝手に、無口になってしまうのだった。
 そう、あの代官山店は、クルマの本専門店「リンドバーグ」と合体しているので、雑誌や写真集、専門書の充実ぶりはハンパなく、さらにモニターで、レースの映像が流れたりしていて、ひとひにしてみれば、理想のなかの理想のお店。
 そう、たしかに、年に一度か二度、代官山での、園子さんの用事がすむまで、店内で過ごすのが通例になってはいる。クラシックカーの自動車レース、ミッレ・ミリアのスタートで、クレイジーケンバンドの横山剣さんと初めて会えたのも、やはりその、蔦屋、代官山店だった。
 が、しかし、ハマチあっぷあっぷ。アウェイ感は、どうしてもぬぐえないのだ。

 そして、岡崎。平安神宮の前。
 自転車のハンドルを握ったまま、
「蔦屋さんなあ」
 と息をつく。
「ま、ここは京都やし」
 はいってみて驚いた。
 ハマチどころか、気づいたら、うなぎみたいにくねくね身を波打たせ、店内を回遊していた。
 和食、和菓子、お茶。
 料理店、和服、和の小物。
 美術、音楽、書。
 歴史、民俗学、人類学。
 なんというのか、京都を訪れる旅行者の大半が「京都ってこんな風にええ感じ」(関西弁ではいわんか)と思い浮かべる、そのイメージが書籍のかたちをとり、ひとつひとつ、かっちり、整然と並んでいる。店内の空気も、夕方、開店したての京都の料理屋さんみたいに、「はんなりと」張りつめている。
 スターバックスコーヒーでコーヒーを買うのは生涯これで二度目だ。そもそもコーヒー飲む習慣、なかったし。
 机にノートをひろげ、鉛筆を動かしているうち、短編が一話できた。コンピュータをひらいて清書し終え、コーヒーの最後の一滴を吸いこむと、ちょうどお昼。
 だんだんと混んできた。席を立ち、自動ドアの出がけに何気なくお店の案内を見て、息をのみ、間近に立っていた蔦屋のかたに声をかけた。
「あの、スターバックスだけでなく、書店さんのほうも、朝の八時からやってはるんですか」
「ええ、開店しております」
 とにこやかに、女性のその店員さんはこたえた。
 その日以来、約ひと月。ほぼ毎朝ぼくは岡崎に出かけている。自転車を駐輪場にとめて蔦屋にはいり、コーヒー一杯すすりながら、正午過ぎまで書きつづける。
 うちは冬寒く、夏暑い、古い町家だ。石油ストーブで部屋がぬくもるまでのあいだに、蔦屋にでかけてコラムが一本書けてしまう。
 朝八時、という開店時間はすばらしいが、品揃えの振り切れ具合もすごいものだ。
 それにしても、ホホホ座、丸善、誠光社、さらに蔦屋と、ここ半年ほどの、この近辺の書店の盛り上がりは、いったいどういうことだ。どこもそれぞれに、本、というものの新しいありかたを、探ってる、だけでなく、提示している。
 そしてそのひそかな中心、レコード盤の穴みたいな支点として、寺町二条の三月書房が存在しているのでは、と、いま不意に、そんな気がした。






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いしいしんじ

作家。大阪生まれ。現在、京都のミシマ社の「きんじよ」に在住。2016年 『悪声』で第4回河合隼雄物語賞受賞。6月に新刊『海と山のピアノ』を刊行予定。お酒好き。魚好き。蓄音機好き。

KBSラジオ「いしいしんじのころがるいしのおと」を毎週火曜日午後9時半から放送中。イベント「いしいしんじとコロちゃんの(だいたい)78回転のアルバム」を京都・誠光社にて定期開催中。

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