きんじよ

第8回 2CV

2016.01.30更新


 左京区、吉田本町に住む奥村仁さんは、ぱっと見五十代なかば、うつくしく愛嬌たっぷりな奥さんをともない、いつもスタイリッシュないでたちで、「オオウ!」と手を振り、大股で歩いてくる。手を振っている相手は、うちの五歳児ひとひ。
 奥村さんはひとひの友達である。僕は、たまに会う、「ともだちのおとうさん」だ。
 出会いはスーパーの駐車場だった。北白川に何年か前できた、わりとあたらしい「ライフ」の屋上。
 WEBサイト「ごはん日記」によれば、二〇一五年五月十一日、園子さん運転のレンタカーで、わら天神裏の小児科「坂田医院」にいった(日記を長くつづけているとこういうところが便利ですわ)。ひとひの気管支、中耳炎、ともに問題なし。つづけて、高野のペット屋さん、京大近くの耳鼻科「柴田クリニック」にまわる、というその流れの途中、北白川上終町の「ライフ」に寄ったのだ。
 屋上の駐車場に、いっぷう変わったクルマが停まっている。
 四歳半のひとひは指さし、いきなり、
「どぅしぃぼ、あるで!」
 そのとおり、南フランスの晴れた空を切り抜いたみたいな洒落たブルーの車体、シトロエン2CV。ひとひは前の年、てのひらに乗るくらい小さな2CVを手に入れて以来、独特なデザインのこのクルマが大好きだ。そういえばハイファイカフェにも、木でできた赤い2CVのおもちゃがある。
 丸みのあるドアをあけ、ひょろっと背の高い男性とその家族がおりてくる。こういうときのひとひは躊躇しない。猫でできたボールみたいに跳ねて駐車場を横切り、男性の前に立ってまっすぐ見あげると、
「シトロエン、すき!」
 その瞬間、ひとひと奥村さんの友情がはじまった。両家族、ライフで買い物。ひとひは早々に駐車場にあがりじっと待っていた。用事をすませてあがってきた奥村さんは、
「乗れ乗れ!」
 助手席にも、運転席にも乗せてもらう。うらやましい。三十年くらい前、何度か運転したことはある。
 低い座面に収まり、小窓やウィンカー、くらべようのない、ユニークな造形に夢中になるひとひ。
「おっ、クラッチふんどる!」
 と奥村さんがうなった。
 翌週、ゼスト御池でひらかれた「京都レコード祭り」での「こどもDJ」に、奥村さん夫妻はやってきて、おみやげに、ミッシェル・ポルナレフ風の巨大メガネをくれた。ひとひは集中のあまり後半、轟音スピーカーの真横で眠ってしまった。
 書店、ギャラリー、どこかしら、イベントのたびに声をかける。奥村さんはデリケートな施設のエンジニアをしている。現場から早く帰りつけば必ず駆けつけてくれる。そして打ち上げで、ひとひと乾杯するのだ。
「ぼくのうちな、トヨタ2000GTの、むかしのトミカあるで」(奥村さん)
「えーっ、ええなあ。うちいきたいなあ」(ひとひ)
「ええでえ、いつでもおいで」
「それで、トヨタ2000GT、ねらってんのん」
「あほか! そんな宝もん、かんたんにわたせるかいな!」
「うーん。でも、うち、いくからね」
「そんじゃあ、ぴっぴ、ひとりでおとまりしてくるか?」(しんじ)
「え! うーん、うーん・・・。おくむらさんが、2000GTもって、とまりにきたらええんちゃうか」
「なんやそら!」(奥村さんとしんじ)
 クルマ好きは五十年程度の年の差などゆうゆうこえてしまう。そして京都でうまれそだつもの同士。縁と縁。交わしあい、つながりをもたらすことばとことば。
 奥村さんがEメールを送ってきた。
「驚きです!」
 と。
 ひとひが生まれてからずっと親しくしている、チョーご近所、はす向かいの辻さん。うちが長く家をあけるとき、必ず、めだかを預けてお世話をお願いする、辻家のかっこいいご主人は、奥村さんと、ブログ上での友人だったことがわかった。昨年末、奥村さんが書いた「その場小説」の記事に、「ひとひちゃん、ご存じとは」と、コメントを寄せてきて判明した。
「マジですか〜」
 と奥村さんは返している。
 僕へのメールには、
「世間は狭いですねえ」
 ちゃいますって。奥村さんや辻さんが、「広い」んですって。

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いしいしんじ

作家。大阪生まれ。現在、京都のミシマ社の「きんじよ」に在住。2016年 『悪声』で第4回河合隼雄物語賞受賞。6月に新刊『海と山のピアノ』を刊行予定。お酒好き。魚好き。蓄音機好き。

KBSラジオ「いしいしんじのころがるいしのおと」を毎週火曜日午後9時半から放送中。イベント「いしいしんじとコロちゃんの(だいたい)78回転のアルバム」を京都・誠光社にて定期開催中。

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