きんじよ

第10回 SKY MARK

2016.02.20更新


 連載の第六回で「きんじよ」だと宣言した福岡へいってきた。「またあしたね」と約束したももちゃんに会う、という、大きなミッションがある。
 前日は東京にいた。西麻布、というしゃれたところにあるしゃれたビルの地下ステージで、ロックバンドを従え、「その場小説」を書いた。死んだ船乗りたちのバンドが、音楽を奏でながら海上をすべり、世界じゅうの港を旅していく話になった。
 翌朝、羽田空港でひとと会ったあと、スカイマーク便に乗りこんだ。福岡までの搭乗時間は一時間と四十五分。京都の古本屋さんで買ったブルース・チャトウィンの本をめくりながら、ペットボトルの水をごくごくと飲んだ。
「おきゃくさま」
 と声がかかった。
 目をあげると、しゅっとした制服の客室乗務員がかすかに膝を曲げ、僕の席の前のポケットをてのひらで示している。
「はい?」
「こちらのペットボトル、おかたづけいたしましょうか?」
「あ、ありがとう」
 ポケットから空のペットボトルを抜いて手渡す。と、女性乗務員は声をひそめ、
「あの、いしいしんじさんで、いらっしゃいますか」
 といった。え、と顔をあげ、そうです、とこたえた。彼女はその場にかがみ込み、十代の頃からずっと読んでます、まさか、わたしの乗務する便に、いしいさんが乗っているなんて、驚きました、といった。もちろん僕も驚き、なんとか平静を装い、ありがとうございます、とこたえた。
 福岡に、僕の子どもの友達がいるんです、と僕は話した。空港でもう、待ち構えているみたいなんです。今日は一日、その子と遊ぶのんが、僕の仕事です。
 たいへん厚かましいお願いで、申し訳ないんですが、と彼女はいった。なにか、書いていただけないでしょうか、今日わたし、いしいさんの本を持っていないんですが。
 なんにだって書きますよ、と僕はこたえた。
 彼女はいったんギャレーに引っ込み、そして「リラックマ」のキャラクターのポーチをもってくると、
「ほかのお客様もいらっしゃいますので、このなかの紙に書いてポケットに挟み込んでおいていただけますか」
 といった。「リラックマ」はもう十二分にまわりの目を集めているというのに。そうして彼女は足音をしのばせ通路後方へ歩み去った。
 時計をみると、着陸まであと十五分ほどある。僕はリラックマから小ぶりのスケッチブックを取りだすと、一枚目の紙に、万年筆で「飛行機」という掌編を書いた。僕の乗っているこのスカイマーク便が、パイロットがどう操作し、どこをいじっても、まったく離陸しない。動きだし、滑走路にむかう予兆すらない。ざわつきだした乗客は、ほかの便に振り返られることになった。整備士たちがあちこちしらべてもまったく異常はみつからなかった。スカイマーク便が飛び立とうとしなかったそのわけは・・・。という話。
 「飛行機」を「リラックマ」に収め、ポケットにはさみこんで、福岡空港におりた。到着ロビーで、ももちゃんとその母親ひとみちゃんがあやとりをして待っていた。「待ち構えている」というほどにはみえなかったが、ひとみちゃんはももちゃんに「なに照れてんのん!」と笑いかけた。ももちゃんはうつむいてニヤニヤしていた。
 二時に到着し、六時過ぎにおとうさんの重太さんと合流するまで、うなぎ屋で蒲焼きと茶碗蒸し、ドーナツ屋でドーナツ一個、鶏皮焼き専門店で鶏皮の串を十本食べた。そのあいだ、ももちゃんがもってきたスケッチブックをひらいて、ふたりで絵本を作った。絵はももちゃんが担当、おはなしは僕とももちゃんとで相談して進める。重太さんが待つ居酒屋で「ねるねるもりのびじよ」は完成した。
 「きんじよ」福岡に引っ越した、重太さんとひとみちゃんの前で、僕とももちゃんは紙芝居のように、できあがったばかりの「びじよ」の話を、げらげら笑いながら読みあげていった。

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いしいしんじ

作家。大阪生まれ。現在、京都のミシマ社の「きんじよ」に在住。2016年 『悪声』で第4回河合隼雄物語賞受賞。6月に新刊『海と山のピアノ』を刊行予定。お酒好き。魚好き。蓄音機好き。

KBSラジオ「いしいしんじのころがるいしのおと」を毎週火曜日午後9時半から放送中。イベント「いしいしんじとコロちゃんの(だいたい)78回転のアルバム」を京都・誠光社にて定期開催中。

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