きんじよ

第13回 うちゅう うちゅうじん

2016.03.19更新



「月刊京都」の特集記事で、書店めぐりをすることになった。編集者、ライターのかたを連れて、市内の書店をいくつか、まわってほしいという。
 心当たりの店を十ほどあげ、メールで送った。編集のSさんから返事があった。いしいさんには次の二店を、おすすめ書店としてまわってほしい。
「ホホホ座」様。
「100000t アローントコ」様。
 わちゃー。知ってるのかな、いや、きっとまったくご存じないんだろうな。
 約束した前の日、Sさんと電話で話す機会があった。
「100000tの加地くんって、ホホホ座ですからねえ」
 といってみると、Sさんはやはり、なんのことだかわかっていないようだった。まあ、いいか。
 午前十一時、ホホホ座で集合。店主の山下くんは四条通の渋滞にはまって定時には来られず。いまどき車で四条とおってくるて、君は阿呆の子か? などといっていたらSさんとライターの女性がやってきた。
 そんなに間を置かず、山下くんも来た。いつものように、無駄な男前。Sさんらふたりを相手に、ガケ書房からホホホ座になった経緯を、つながってそうでつながっていない、でも、ある角度にまわりこめばピースが全部はまる、そんなことばで話している。ホホホ座は京都の、ちょっと本が多めの「土産もの屋さん」です、と。
 何週間も会わないときがある、とおもったら、うちに山下くんは住んでいるんじゃないか、といった感覚もある。ひとひが園子さんのおなかにおさまった頃、まだ誰にもいっていないのに、山下くんは、おなかのふくれた園子さんの夢を見た。いや、そのころ園子さんが山下くんの夢をみたのだったか。それはどちらにしても同じ気がする。たがいの夢のなかに踏み込んでぐるっと一周した結果いまの場所にいる。うちの一家と山下くんの立ち位置はだいたいそんな感じだ。
 四月一日の夜に、ゲスト店長をつとめることになっている。「その場小説」のDVDは公式には(たぶん)ここでしか買えない。もうひとつ、ここでしか売っていない僕の単行本「ノート」は、僕と山下くんが手書きと手張りで編みつづける共有の夢だ。






 二軒目の100000tアローントコ。十二時過ぎにいったらあいていてほっとした。
 編集のSさんとライターの女性は、一瞬、とまどっているようだった。いかにも「京都らしく」、「個性」が強く、記事になりやすそうなホホホ座にくらべ、100000tは一見して、ただ、古本もおいてある、中古レコード屋じゃないか。
「あの、いしいさん」
 とSさんが助け船を呼ぶ視線で、
「このお店の魅力は、ひとことでいって、どこにありますか」
 僕は即答した。
「加地くんです」
 ふたりの女性は、加地くんに、書店めぐりの記事のために、きくべきことを次々にたずねた。加地くんはいつものように、
「えー、そうっすね」
「いや、フツー、ですよ」
「あー、いや、そんなこともなくて、すんませんね」
 と、にこやかに、この世に一本だけ残った柳のように、質問を受けながす。
 僕は淡々と海外文学の棚をながめている。何度ここへ来ても見なれることがない。いつもどこか、大事なポイントがあたらしく生まれている。ごく自然に。ヒョイヒョイと放りなげた書物が、みずからこの棚に収まったかのように。
 加地くんのこの棚が、ひょっとして、じつは京都最良の書棚なんじゃないか。
 三人の話は、はじめとはまったくちがったところに移っていた。
「あ、そうですね。最近のイベントだと、ふる、ほん、イエーッ!!!ていうのやります。さいとうさんちで」
 と加地くん。
「え、なんですか」
 とSさん。
「いや、昨日きまったんですけど。ふつうの家のなかで、本を売るっていう。アルファベットで、ふるほん、Y、e、a、h、びっくりマークみっつ。それがさいとうさんちです」
「さいとうさんて、どなたですか」
「え、さから、さいとうさんですよ」
「ふだんから、そういうことを、やってらっしゃるひとなんですか」
「いや......ふだんからは、しないんじゃないですか」
「さいとうさんの、漢字は、かんたんなほうですか、それとも、難しいほう?」
「え、三つくらいあるじゃないですか、さいとう、って。四つかな。それの、三番目くらいじゃないですか」
 ふたりの女性はいつのまにか完全に加地くんの柳の枝に絡みつかれ、楽しげにくるくるまわっているのだった。
 ひとひは100000tのレジで遊んで数字の単位をおぼえた。接客も、だんだんと無難にこなせるようになってきた。
 あるとき頭文字D全48巻が入荷し、ひとひが「うわあ」という目で第一巻をぱらぱらめくっていたら、
「ひとひくん、バイト代に、それぜんぶ、500円でうってあげるわ」
 と加地くんはいった。
 書棚の一番上に、頭文字Dの束は積まれてある。ひとひはうちで、一巻ずつ読みこみ、読みこみ、読みこみ、さあ、となると、自転車を飛ばし、次の一巻を引き取りにいく。いま第9巻まで進んでいる。最終刊にたどりつくころになっても、ひとひと加地くんはきっと、いまと変わらず、友達のままでいるだろう。

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いしいしんじ

作家。大阪生まれ。現在、京都のミシマ社の「きんじよ」に在住。2016年 『悪声』で第4回河合隼雄物語賞受賞。6月に新刊『海と山のピアノ』を刊行予定。お酒好き。魚好き。蓄音機好き。

KBSラジオ「いしいしんじのころがるいしのおと」を毎週火曜日午後9時半から放送中。イベント「いしいしんじとコロちゃんの(だいたい)78回転のアルバム」を京都・誠光社にて定期開催中。

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