きんじよ

第14回 わっぱっぴらっぷぱっぱっぱ

2016.04.02更新



 うちのコロちゃんはポータブル式、手でもって運べるトランク型の蓄音機だ。コロムビア製だからコロちゃん。出会いは七年前にさかのぼる。東京の神保町から、東海道をくだって、京都のこのうちにやってきた。
 何の気なしに、最初にかけてみたのはエルヴィス・プレスリーの「マイ・ベイビー・レフト・ミー」。瞬間、激震がおそった。天井が湾曲し、ふすまや障子が、アメリカの漫画のように飛び跳ねた。ふだん冷静な園子さんが、これまた漫画のように、片手にフライパンをもったまま、
「なに、なに!」
 と台所から飛びだしてきた。
 僕はことばもなく、腰を抜かしたまま、毎分七十八回転でまわりつづけるターンテーブルを指さした。そこにエルヴィスがいた。腰骨を激しく揺すぶりながら、この星のすべてを手に入れてやる、そんな勢いで、前のめりで唾を飛ばしながら、ロックンロールをうたう、半透明の姿が、ホログラフィのように浮かびあがっていた。
 蓄音機についてはいろんなところで書いている。ノスタルジックな、大人趣味の、昔のオーディオ。僕だってそう思いこんでいた。とんでもない、蓄音機は、生の空気の再生機だった。その音楽が録音されているその場の空気の振動を、いま、僕やあなたが生きている時代の空気に、直結して伝える、音のタイムトンネル。まさしく、タイムマシンだったのだ。
 ひとが来るたびに聴かせ、こっちからギャラリーや書店、バーなんかに持っていって聴かせするうち、KBS京都から声がかかり、コロちゃんとともにレギュラー番組をもつことになった。
 スタジオにふたりでこもり、コロちゃんの奏でる音も、僕の声も、同じマイクでひろって放送する。カザルスのチェロ、バディ・ホリーのギターに、たまに僕のくしゃみやゲストの笑い声が重なってひびく。そういうのも含めて、生の音楽とおもっている。
 ミシマ社の忘年会に呼ばれ、酔った頭で思いついて、いったんうちに戻り、コロちゃんを連れてきた。木製のコロちゃんの音が、木造家屋に共鳴し、宴席のみんな、「セロ弾きのゴーシュ」の、セロのなかのねずみみたいに、うっとりまったり、酔ったからだを曲に合わせて揺らせ、そのうち、音楽のにこごりに包まれた「じゅんさい」になっていた。
 寺町の一保堂茶舗で、季節のお菓子、お茶をいただきながら、コロちゃんの音に耳を傾けるイベントが、今年の春からはじまった。二月の第一回目には、はるばる千葉から、エルヴィスのほんものの声を聴くために、年配のご夫婦が参加した。
 このイベントで、ぼくは、お茶も音楽も、さらにひとの声、笑顔さえも、その場の空気を味わうものにほかならない、と知らされた。その場、そのときだからこそたちのぼる歌声、味、香りというものはある。それらはすべて空気によって運ばれる。
 そしてその空気を吸い、空気を吐いて、僕たちはささやかな生を生きている。
 さらに、話題の書店誠光社では、三月から七月まで、毎月一度、「いしいしんじとコロちゃんの、だいたい78回転のアルバム」なるイベントを開いている。毎回おおまかなテーマを決め、曲と曲のあいだに、蓄音機やレコードにまつわる小さなお話をはさみ、二時間たっぷりレコードをかける。
 その曲を録音したスタジオから、楽器や録音機器を盗んでトンズラしたため、ブルース史から抹殺された歌手。
 ラジオからその曲が流れているあいだ、地中海沿岸の銃声がぴたりとやんだ、ドイツの若い娘。
 バッハ、モーツァルト、ショパン。みずからのほぼすべてのレパートリーを十日借り切ったスタジオで録音し、その四ヶ月後夭折するルーマニアのピアニスト。
 五回つづけた内容を、単行本一冊にまとめ出版する計画を、誠光社の堀部さんとたてている。コロちゃんの奏でる音楽みたいに、その場の空気がページからたちのぼる本になれば、と願っている。
 京都の空気だから鳴る音楽がある。京都の空気を通して、はじめて焦点を結ぶ、風景はある。市バスが波打たせ、観光客をはこび、サクラの香をほんのりとどけてくれる。京都の空気の底で、僕たちは今日も、それぞれの回転数で、まわりつづけている。

KBSラジオ「いしいしんじのころがるいしのおと」は、毎週火曜日午後9時半から放送中 

一保堂茶舗「『お茶のある暮らし』一保堂で音楽会-」次回は六月四日 

誠光社「いしいしんじとコロちゃんの(だいたい)78回転のアルバム」 次回は四月二十二日 

詳細は各店にお問い合わせください。






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いしいしんじ

作家。大阪生まれ。現在、京都のミシマ社の「きんじよ」に在住。2016年 『悪声』で第4回河合隼雄物語賞受賞。6月に新刊『海と山のピアノ』を刊行予定。お酒好き。魚好き。蓄音機好き。

KBSラジオ「いしいしんじのころがるいしのおと」を毎週火曜日午後9時半から放送中。イベント「いしいしんじとコロちゃんの(だいたい)78回転のアルバム」を京都・誠光社にて定期開催中。

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