きんじよ

第15回 ロックンロール小学こうイーネ!

2016.04.09更新


 京都で、学校どこではった、という話になったとすると、たいていそれは、小学校のことを指す。どこの学区に属していたかが、成人して、ええおっさんになってからも、京都人としてのアイデンティティの基板をなしている。
 この春、五歳のひとひが入学したのは、木屋町通の桜に彩られた、一日かぎりの小学校だ。しかも付属。
「バンヒロシ大学付属横山ロックンロール小学校」
 校長は、クレイジーケンバンドの横山剣さん。講師陣は、京都ロケンローラー・バンヒロシさん。ロック漫筆家・安田謙一さん。高瀬川に面した、もと立誠小学校の講堂に、二百人以上の「生徒」たちが集まった。表情は一見おとなしくても、みな、動脈にロック、静脈にロールの血がガンガン流れている。
 始業ベルが鳴り、
「イーネッ!」
 横山校長による開校宣言のあと、生徒代表が壇上に呼ばれた。
「いしー、ひとひ、くん」
「ハイ!」
 A3の画用紙を小脇にかかえ、ひとひはすたすた前へ出ていった。マイクに口を近づけて、
「にゅーがく、せんげん!」
 といってから、読みはじめた。
 
 よこやま、せんせい
 いろいろ、おしえてくださいね
 キーポン、ロッキン!
 せいと、だいひょう
 いしい、ひとひ

 拍手のなか、ひとひは画用紙の手前をくるりとむこうにまわし、剣さんに渡した。「入学宣言」の裏には、十二色のクレヨンと金銀のメタリックペンで、いすずのベレット1600GTの絵が描かれている。
 授業の一時間目は「れきし」だった。アメリカでロックンロールがうまれ、それが日本にいつ飛び火し、どのようなロックンローラーを生みだしたか。剣さん、バンさん、安田さんの口から、続々と裏ネタが飛び出す。永ちゃんの若さ、ジョニーの熱情。ただ、音楽や映像より、トリヴィア重視の鼎談だったため、五歳の生徒代表はだんだんと退屈をおぼえはじめ、教室じゅうに響きわたる声で、
「ア〜ア!」
 とあくびを漏らしたり。不良やん。
 二時間目は「おんがく」。ひとひの目がかがやく(休憩に食べたフルーツヨーグルトのおかげもある)。校長の剣さんが、生徒のなかからくじ引きで三人を指名し、リレー式に「タイガー&ドラゴン」を歌わせたあと、歌唱指導。
「なにも、指導するところはありません! カンペキ!」
 と剣さん。最後にお手本として、生ギター二本をバックに、「タイガー&ドラゴン」をうたい、最後には講師陣三人で、上条恒彦「出発の歌」を、おおげさに、ロックロール魂で歌いあげた。大拍手。
 授業は二時間目で終了。生徒たち全員に卒業証書が渡される。この時点で時刻は8時。ひとひはふだんなら、もうふとんにはいっていなければならない時間。時計をみあげ、吐息をつく表情をみても、自分でそれがわかっている様子。
 だから、僕が耳に口を寄せ、こうささやいた瞬間、脳内で打ち上げ花火が炸裂したみたいに喜び、飛びはねたのだ。
「うちあげ、いこか。けんさんが、ひとひも、きてええって」
 ロックンロール小学校の真の「勉強」は放課後にはじまる。中華ボールルームのような大宴会場。小ステージにはもちろんカラオケセット。
 ポテトフライを口に運びながら、ひとひは持参したすべてのミニカーを、どっかと席についた剣さんのもとへ運んだ。一台ずつ、順番を決めて。
「お、アリタリアカラーの、ランチア・ストラトス! モンテカルロ!」
「あ、このマツダRX7は、神戸のサーキット、走ってたんだよね」
「ニッサンのスカイライン! R32、R33,これ、R34だね、すごいじゃん!」
 と、すべてのクルマについて、ひとひのいってほしいことば10000パーセントで的確にこたえてくれる剣さん。
 カラオケがはじまる。ひとひはいつの間にかカラオケマシンの前に陣取り、「なにうたうのん」「これいこか」と、おとなたちの選曲にだめ出しをしている。「さらば恋人」「また逢う日まで」など、知っている歌、映像にクルマが出てくる歌はきいているが、知らない歌だと、うつむき、機械をいじっているうち、つい途中で消してしまう。
「よかった〜!」
 と笑って許してくれるおとなのみなさま。
「カラオケって、さいごまで歌いたくないやんかあ」
 剣さんとひとひが、ソファの奥でなにかごそごそやっている。かとおもうと、ふたりならんでステージに立ち、剣さんが、
「じゃ、ふたりで、うたいます。シャネルズのナンバーより、ラン、ナウェイ!」
 みなで手拍子。ひとひはマイクをにぎり、流れる歌詞をとつとつと追いかける。剣さんが手をひいて連れてっていってくれる。ロックンロールの未来へ。園子さんがビデオをまわしながら泣いている。
 横山ロックンロール小学校は真夜中までつづく。生徒代表のひとひは十一時に眠気が限界に達し「はやびけ」することになった。剣さんのもとに歩み寄り、
「もう、ぴっぴ、ねむくてだめやから、さいごに、じーてぃー、うたってください」
「イーヨ!」
 うたいだす剣さん。またしても全員が立ちあがり、阿波踊りのように揺れながら「GT! GT! GT!」と連呼。ひとひも眠気を忘れ、手を叩いて跳ねあがる。桜とクルマと音楽にまみれた夜の学校。
 いつか、剣さんやバンさんらと同じ年頃になったとき、誰かに「なあ、いしいはん、小学校、どこの学区やったっけ?」ときかれたとき、ひとひは照れくさがってなにもこたえないか。
 それとも正直に、
「あのなあ・・・ロックンロール学区や」
 とこたえるだろうか。
「しかも、付属やねん」


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いしいしんじ

作家。大阪生まれ。現在、京都のミシマ社の「きんじよ」に在住。2016年 『悪声』で第4回河合隼雄物語賞受賞。6月に新刊『海と山のピアノ』を刊行予定。お酒好き。魚好き。蓄音機好き。

KBSラジオ「いしいしんじのころがるいしのおと」を毎週火曜日午後9時半から放送中。イベント「いしいしんじとコロちゃんの(だいたい)78回転のアルバム」を京都・誠光社にて定期開催中。

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