きんじよ

第16回 しか

2016.04.16更新


 川端通を折れて二条大橋を西側へ渡ろうとペダルを踏みしめたら、橋の下手、南側の河原に、おかしな気配を放つひと立ちがしていて、自転車を止め、欄干にのりかかって見おろしたら、草むらに鹿がいた。
 鹿は二頭いて、立ったり座ったりしながら川辺にはえた草を食んでいる。河原には、青いTシャツの外人、ママチャリのおばはん、犬散歩のおじいさん、徹夜明けな感じのくたびれたパーカーの大学生など、雑多なひとたちがいたが、皆いちように、長々と片手を伸ばし、浮気現場に立ち会ったかのような厳粛さで、ぱし、ぱし、と携帯電話写真を撮っている。
 鹿たちの表情は、困惑してみえた。どういった流れの末、自分たちがこんなような状況まで運ばれてしまったのか、どんなに頭をめぐらしても思いだすことができない。目の前で、ぱし、ぱし、と音をたて、きらきら光っているものたちは、いったいなんだ? カフカ的状況に置かれた鹿たちは、ほかにすることがなにも思いつかないので、しょうことなく、目の前で揺れている青草を口にふくみ、必要以上の時間をかけて、もぐ、もぐ、もぐと噛みしめている、そんな風にみえる。携帯カメラの数は続々とふえていく。
 鴨川には種々様々な動物がすんでいる。
 鴨たち。アオサギ、シラサギ。カワウ。
 ハヤ。サワガニ。ドジョウ。コイ。
 草を蹴立てればバッタが飛ぶ。
 ベンチで弁当をひろげればトンビが真上までせまってくる。
 有名なのはヌートリアだ。中州に巣をつくった、巨大ネズミの家族は、鴨川がいくたび氾濫しようと、必ずまた同じあたりにもどってくる。
 二条の飛び石の影にひそむ大ナマズ。
 同じあたりに居座った巨大スッポン。
 あらためて数え上げてみても、こんなに近く、しかも長く、人間の住みつづけている町のどまんなかで、これほど多様な生態系がはぐくまれているのは、軽い奇跡のようにおもえる。
 なにしろ京都は、馬がふつうに車道を歩いてくる町だ。
 毎年の五月十五日、御所を出発した馬たちの列は、丸太町通を東進し、河原町通で北へ折れ、そのまま下鴨神社へ、最終的には上賀茂神社へとむかう。葵祭。
 二〇一四年のその日、行列が御所を出発するほんの少し前、丸太町橋を東へ渡っていた僕は、橋の北側、鴨川の浅瀬に、やはり鹿を見つけた。まわりに誰もいなかったからたぶん第一発見者だとおもう。僕の視線に気づいた通行人、葵祭の観光客が、
「鹿や」
「鹿やで」
 と、やはり腕をまっすぐに伸ばし、ぱしぱし携帯電話写真を撮りはじめる。僕は自転車を飛ばし、家の玄関に駆けこむと、
「そのこさん、ぴっぴ、しかや! かもがわにしかや!」
 三人で走った。川に戻ると、鹿は北へ、荒神橋あたりまで移動していた。僕たちを含む野次馬は、鹿が浅い水をけり、とっとっと、と歩くたび、ぞろぞろとついていった。そのうち、あっ! と気がついた。
 今日は、馬の日かとおもってたら、馬と鹿の日か!
 僕たちは鴨川の河原を、ぞろぞろ、ぞろぞろと鹿についていった。野次馬もまた、馬の一種なのだった。そうして、平行する河原町通では馬たちがそろそろと歩を進めているはずだった。
 時空間を早送りし、二条大橋にもどる。二頭の鹿は、草間にすわりこんでしまった。青いTシャツの外人は、なつかしいおもちゃでも見るように、護岸にやはり、すわりこんでしまっている。ひとがやってきて、携帯電話で写真を撮っては、少し眺め、そして行ってしまう。
 背後に気配を感じ、ふりかえったら、そのへんに長く生息している、という感じのじいさんが、自転車を停めて立っていた。僕や歩行者が見おろしているほうへ、ゆっくり、ゆっくりと視線を向ける。川面では、いつもとはちがう雰囲気を感じるのか、鹿のそばで鴨たちが集い、じたばた騒いでいる。
 じいさんは、ふん、と軽く鼻を鳴らすと、
「かも、しか、やな」
 と呟いた。そして、ペダルを踏みなおし、走り去った。居合抜きのようだった。

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いしいしんじ

作家。大阪生まれ。現在、京都のミシマ社の「きんじよ」に在住。2016年 『悪声』で第4回河合隼雄物語賞受賞。6月に新刊『海と山のピアノ』を刊行予定。お酒好き。魚好き。蓄音機好き。

KBSラジオ「いしいしんじのころがるいしのおと」を毎週火曜日午後9時半から放送中。イベント「いしいしんじとコロちゃんの(だいたい)78回転のアルバム」を京都・誠光社にて定期開催中。

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