きんじよ

第21回 じてんしゃ

2016.06.20更新


 ひとひがまだ二歳だったころ、丸太町橋南側の河原で、奇妙なものをみかけた。父親とふたりの男の子。
 上の子は、幼稚園の年長ぐらいで、くるくると自在に、大ぶりなマウンテンバイクをあやつっている。京都の子は自転車が早い、という印象はもともとあったが、それを地で行く。
 下の子は、ひとひより少し上で、たぶん三歳。「奇妙なもの」とは、彼がまたがった二輪車だ。前後の車輪はプラスティック製で、ソフトボールくらいの径しかなく、補助輪がないばかりか、ペダルがついていない。下の子は、星をこぼすようにケラケラ笑い、砂埃をまきあげ、ほんのかすか、傾斜のついた河原の土地を、右、左、右、左、肉のぷりぷりした両足で、力強く蹴っていく。
 両足をあげ、バランスをたもって、すすーっ、と空気の底を滑っていく。
 父親によれば、それは「トレーニングバイク」というもので、烏丸丸太町の東、府庁前の自転車屋さんで買った。そこはもうこれを京都市内の子に三千台売っている。はじめはこの極小の車輪、慣れたらゴムのタイヤに履き替え、脚で地面を蹴って、バランスをとって進む感じを、からだの芯でおぼえる。
 翌週でかけたその自転車屋さん「丸新」の主人は、
「自転車にはやく乗れると、自立心がはやく育つんですわ」
 といった。
「はじめて、自分の足だけで、知らない世界にどんどん入っていける。トレーニングバイクは、はやく自転車に乗れるようになるための、トレーニングと思っといてください」
 このトレーニングバイクに、ひとひは大はまりした。当初は、ジョギングシューズをはいた僕が、まうしろを伴走し、「ストップ!」「右!」「すみません、じてんしゃ、とおります!」などと、前方に声をかけた。そのうちひとひは、とても走ってなど追いつけないスピードをだし、前の歩行者に、みずから「すんません! とーりますー!」と、呼びかけるようになった。
 タイヤのついたからだで、猛ダッシュするようなもの。四歳、五歳と、脚力があがるにつれ、本気で蹴りつければ、車重、体重の軽さもあいまって、停止時から十メートルほどの加速では、自動車はもちろん、そこらのバイクよりひょっとしたら速い。
 そこらの子が想像もしていないスピード感に日々ひとひは慣れていった。「たいそうかい」の短距離走で負けたことがないのは、足の力もむろんあるが、この、スピード感のためだったとおもう。まわりの子らより、リミッターの上限が高いのだ。
 もう四歳はじめから、補助輪なしでペダル式自転車には乗れるようになっていた。けれどもこのスピード感のとりこになったひとひは、乗れる、と自覚していながら、ペダル式を却下、えんえん京都の地面を蹴りつけつづけた。が、五歳のある日、「せいかつだん4さいじグループ」で同級生だった女の子が、買ってもらったばかりのルイガノ20インチを、楽しげに、えっちらおっちら、けっこうな速さでこぎだすのを見て、その夜、ひとひみずから、
「あした、ペダル、つけにいきたい」
 と直訴してきた。
 翌日、トレーニングバイクに、チェーン式でない、ローラー直回転式とでもいうのか、タイヤとほぼ同回転のペダルがついた。が、タイヤ自体の径が小さいので、速い三輪車くらいの速度しかでない。それでも、バランスをとりながら、自走するのがおもしろいらしく、
「おもしろーい!」
 といいながらこぎ、こぎ、こぎつづけるうち、ひとひの脚力のせいで、タイヤをまわすギアが、内奥で、ぎーこ、ぎーこ、変な音をたてはじめた。
「こら、あたらしーの、こうたほうがええなあ」
 ということで、僕は、京都市内の自転車屋マップを作り、片っ端から電話してみることにした。「ひとひの一台」が、この町のどこかでいま、すーすー、息をひそめて待っているはずだ。

(つづく)

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いしいしんじ

作家。大阪生まれ。現在、京都のミシマ社の「きんじよ」に在住。2016年 『悪声』で第4回河合隼雄物語賞受賞。6月に新刊『海と山のピアノ』を刊行予定。お酒好き。魚好き。蓄音機好き。

KBSラジオ「いしいしんじのころがるいしのおと」を毎週火曜日午後9時半から放送中。イベント「いしいしんじとコロちゃんの(だいたい)78回転のアルバム」を京都・誠光社にて定期開催中。

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