きんじよ

第22回 BMX

2016.07.30更新


前回からのつづき)

 電話するだけでは、実物がどうかわからない。まずは自分の自転車で、近所をめぐってみよう。
 二十年以上乗っているロードバイクにまたがり、走り出す。
 左京区の、百万遍から高野界隈は、京大生が住むせいか、自転車屋さんが多い。「きゅうべえ」「あさひ」「SAKURA」「eirin」等々。まわってみると、意外なことが判明した。小学校にあがる前の、五歳六歳くらいのからだにちょうど合った、子ども用の自転車は、びっくりするくらいバリエーションが少ないのだ。
 各メーカーのカタログをみると、補助輪なしの、20インチ径の子ども用自転車は、おおむね一種類しか作っていない。
 それより下は、補助輪つきで、たまにアニメのキャラクターなんかがデザインされているミニ自転車。いっぽうその上は、サドルからハンドルまでの距離がけっこうある、小学校三年くらいからの、たとえば、大ぶりなマウンテンバイク風自転車。
 これはたぶん、ちいさい子が自転車に乗りはじめるにあたり、まず、補助輪をつけて乗る、という、昔ながらの因習にのっとっているためだろう。小学校にあがってすぐは、もともと乗っていた自転車で練習し、補助輪がとれたたあとも、そのまましばらく乗る。そうしてからだが大きくなってくると、九歳くらいの誕生日に「あたらしいじてんしゃ」を買ってもらう、という流れ。僕もそうだったし、三人いる、ほかの兄弟もそうだった。
 ほぼすべての自転車メーカーがいまだ、こうした手順をふまえて、子どものための自転車を作っている。
 ところが最近は、トレーニングバイク、ストライダーの普及によって、はじめから補助輪などつけず、四歳、五歳で自在に自転車をあやつれる子どもが増えている(ひとひがそうだったように)。メーカーの予想をこえて、運動能力が高まってしまった彼ら彼女らは、従来の自転車マーケティングの網からすっぽり抜け落ちてしまう。
 下鴨の「きゅうべえ」は良心的で、どれでも乗ってみて、納得いくものを選んでください、といってくれた(またがるのはOKでも試乗させてくれないお店が少なくない)。
 ようし、とペダルを踏み直し、北山通を越え、深泥が池の西側を抜けて、岩倉まで走った。「cobu cycles」は、前から気になっていたお店だった。自転車好きのスピリットがひとのかたちをとったような若いご主人が出迎えてくれた。16インチ、18インチ、20インチから22インチ。店の入り口に、国内外の子ども用自転車が、コンパクトに詰めて並べられている。
「こんにちはー」と、近所の小学生が、整備のすんだ自転車をとりにくる。
 事情を話すと、
「ルイガノは、タイヤが20インチで、サドルからハンドルまでを短くしたんですよ」
 と教えてくれた。それで、京都でも東京でも、あんなにたくさん走っているのか。ちなみにひとひははじめから「あれはイヤや」と拒否している。いっそ、大きいのからはじめる手もありますよ、とのこと。ありがとうございます、と手を振ってペダルを踏みしめる。cobuさんにはいずれ、僕のロードバイクを預け、塗装をしなおしてもらうことになるとおもう。
 最後に、烏丸鞍馬口のBMX専門店「スポーツサイクル アラカワ」に寄った。ここのご主人もそのご両親も自転車ラブが全身をじゅんさいのように包んでいた。
「20インチ? BMXは、大人用でもぜんぶ20ですわ」
 とご主人は笑った。
「子どもさんやったら、18か16。それでけっこう長く乗ってもらえますし」
 なるほど、BMX、という方向があった。子ども用といっても頑丈だし、プロのメーカーが、子どもの競技用に作っているため、余計なものがついていないし、とりまわしもしやすい。フレーム、ハンドルの色かたちもバリエーションが豊富。
 なんか、そうなるかな、という予感はあった。夕方、「せいかつだん」から帰ってきたひとひに、各店でいただいてきたカタログをどさっと渡し、一部ずつ開いていきながら、
「なんか、これかな、ってひっかかるじてんしゃがあったら、おしえてな」
 するとひとひは、
「これ!」
 と指さす。強い声で、
「ぜったい、これや!」
 やっぱり、BMXか。

(つづく)

  

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いしいしんじ

作家。大阪生まれ。現在、京都のミシマ社の「きんじよ」に在住。2016年 『悪声』で第4回河合隼雄物語賞受賞。6月に新刊『海と山のピアノ』を刊行予定。お酒好き。魚好き。蓄音機好き。

KBSラジオ「いしいしんじのころがるいしのおと」を毎週火曜日午後9時半から放送中。イベント「いしいしんじとコロちゃんの(だいたい)78回転のアルバム」を京都・誠光社にて定期開催中。

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