きんじよ

第23回 TOMODACHI

2016.08.16更新


前回からのつづき)

 初夏のある日、ひとひを連れ、市バスの一日乗車券をつかって、チェックしておいた自転車屋さんをすべてまわった。
 「エイリン」「きゅうべえ」では、サドルにまたがれること自体、嬉しげ、ほこらしげだった。僕の知る限り最高の乗り物好きが、うまれてはじめて、自分だけの乗り物を選ぶのだ。
 西大路の先、花園のコンズサイクルにいったらたまたま定休日だった。暑い日中、けっこう歩いたというのに、「ガーン、やなあ」と、にこにこ笑っている。
 市バスを乗り継ぎ、午前中で早くも、前回書いた、今出川鞍馬口の「スポーツサイクル アラカワ」へ。BMX専門店。ドアをくぐるやひとひの目が輝く。
「これが、18インチ。こっちが、16インチ。さ、乗ってみ」
 二代目だろう、若いご主人は子ども扱いに慣れているようすだ。ひとひ、またがったまま、ニヤニヤ、ニヤニヤ。ハンドルがくるりとまわる。競技用のBMX。前輪にも後輪にも、パークライド用のペグがついている。16インチでも、サドルを高くすれば高校生くらいまで乗れる。
 店を出て、バス停にむかいながら、
「ぴっぴ、さっきの自転車やねんけど」
 と話しかける。
「もっと、あそこがこうしたらいいとか、こうなってたほうがいいとか、そういうの、なんかない?」
「ない!」
 と断言。
「あのね、ぴっぴ、ずっと、ずーっと、あれが、ほしかってん。ほかのんとちゃうの。あのままが、ええの。あのじてんしゃにい、ぴっぴは、うまれるまえからあ、ずっと、ずーっと、の、り、た、かっ、てん!」
 そうですか。
 北大路駅の脇のうどん屋さんで冷やしうどん食べ、地下鉄、バスと乗り継いで円通寺道のコブサイクル。22インチまたがってみるも、
「ちょっと、まだ、むりかなあ」
 と、足をぶらぶらさせる。店内を埋め尽くしたメカ類、フレームなどには、めちゃめちゃ興味を引かれた模様。
「ぴっぴ、おにいちゃんなったら、ここで、おとーさんみたいなん、おこづかいためて、かうわ」
「そやなあ。それがええわ」
 アラカワとコブサイクルの共通点は、どちらも若いご主人と、先代らしい、お父さんのふたりがお店にいること。近所のこどもらが頻繁に、「おっちゃーん!」と自転車でやってきては、会話を弾ませ、ごきげんで帰っていくこと。
 翌日、園子さん運転のレンタカーでアラカワを再々訪。ひとひはもう常連のような顔で「おはよーございまーす」とドアを鳴らしはいっていく。
「おう、ひさしぶり。二十四時間ぶりやな」
 と笑うご主人。
 一応、園子さんにも、18インチと16インチにまたがる様を見比べてもらう。が、ひとひのこころは、みるからにもう決まっている。18インチではわざと足をぶらぶらさせて届かないアピール(ほんまは届く)。16インチだと、うしろのペグに立ち、曲乗りのまねまで披露したり。もうとうに、このクルマとぼくとは、かたいきずなでむすばれていますよ、と全身で語っている。
 園子さんは心配げだ。こんな自転車、五歳児にほんとうに必要なのか。ハンドルは回転し、大ぶりで、慣れてないいまフラフラと安定しない。サドルもつんと上向きで、安定感にはほど遠い。全後輪のペグなんて、初心者にとっては飾り以下、ただの邪魔。チェーンはむきだし。荷台はもちろん、自転車を停めておくスタンド、荷物をいれるカゴ、泥よけさえついていない。
 ほんとうに、こんな自転車が、ひとひに必要だったのか。
 僕には、こたえることができない。が、ことは、理屈やことばをこえているのではないか。たとえばそれは、子どもの、友達えらびに似ているのでは。ことばづかい、習慣、性格や家庭環境と、相通じるもののある、安心する相手しじゅう過ごすこともあれば、まったく正反対の、「なんでこの子と」とおもわせる相手と、たえず行動をともにすることもある。
 そして、自分だけの自転車は、はじめての親友だ。「うまれるまえから、これにのりたかった」とまでいわれて、僕は、より安全な運転しやすい相手を選ぶよう、ひとひを説得する心持ちに、どうしてもなれなかった。父親としては、あかんかったかもしれない。でも、もし自分がひとひだったら、そうおもうと、16インチのペグつきタイヤをはめた真っ黒い親友が来てくれた日のことは、きっと一生おぼえているとおもう。
 その日以来、ひとひは、京都じゅうのあらゆる場所に出かけるとき、わざと、ずっと遠回りするようになった。ミシュランのヘルメットかぶって、まじめな顔でハンドルをにぎりしめて。はじめての親友と、もっともっと長く、ふたりきりで話していたいのだ。

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いしいしんじ

作家。大阪生まれ。現在、京都のミシマ社の「きんじよ」に在住。2016年 『悪声』で第4回河合隼雄物語賞受賞。6月に新刊『海と山のピアノ』を刊行予定。お酒好き。魚好き。蓄音機好き。

KBSラジオ「いしいしんじのころがるいしのおと」を毎週火曜日午後9時半から放送中。イベント「いしいしんじとコロちゃんの(だいたい)78回転のアルバム」を京都・誠光社にて定期開催中。

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