きんじよ

第25回 TOKYO-STATION-EKI

2016.10.03更新



 東京駅の丸の内口。煉瓦造りの駅舎の正面から、皇居にむかってのびる「行幸通り」中央の歩道部分に、パッチワーク状の巨大な、大風呂敷が敷かれる。これが客席。
 軽く見上げる高さに、ベランダに屋根をくっつけたみたいな、ステージが組まれる。
「東京駅のうた」。
 作詞は僕、作曲は原田郁子と大友良英。
 初演の数日前、ワークショップと称し、子どもを含めた三十二人のひとたちに、池袋のスタジオに集まってもらった。僕がきいたのはふたつ。
「きょう、出発してきた駅は、どんな場所だったか」
「東京駅は、あなたにとって、どんな場所なのか」
 三十二組のこたえがあつまった。
「郡山駅 次はいつ帰るかな」
「大井町駅 リンクスルマホかってもらえるかな」
「葛西臨海公園駅 今日も海風が冷たい」
「さかた駅 ぐるぐるまよう たのしいめいろ」
「てんじんばしすじ6ちょうめ駅 あさ6時時に早おき かわいいふくをきてきた ねこのぬいぐるみをもってきた」
「徳島駅 デッドセクションで汽車に乗る」
 東京駅で、ひとは見送り、駅弁を買い、ダッシュでトイレをさがし、甘いコーヒーをすすり、でっかい海老をみかけ、幼子に声をかけながら階段をのぼり、迷い、早くおうちに帰ってトーマスみたいー!と叫ぶ。
 東京駅に住んでいるひとはいない。電車すら、東京駅では休まない。ひとも電車も、荷物も、この場所を経て、別の目的地、終着点にむかう。まるで巨大な、レコードの穴のようなもの。まわりはたえず、ぐるぐるぐるぐる回りつづけ、盛大に音を、喧噪を、音楽をうみだすけれど、駅はそこにとどまったまま一寸も揺るがない。でも、姿かたちは、ずっと変わりなくそこのあるのか。ほんとうは、日々、時間、瞬間ごとに、駅だって変わりつづけているのではないか。
 じっと見つめているときには、変わっていないようでいて、赤子がこどもに、こどもがおとなに、刻一刻と成長しつづけているのとちょうど同じく。
 のぼり、くだりの鉄道は、からだを行き来する血流のようなものかもしれない。
 複雑でいて、単純にみえるリズム。シナプスを走る電気信号。駅舎がだんだんと、寝そべった、巨大な人物にみえてくる。いや、きっとそうにちがいない。おおぜいを迎え、送りだし、つつみこむ、煉瓦造りの巨人。
 九月初旬の晴れの午後、野外音楽イベント「アンサンブルズ東京」がはじまった。大友良英さんがリーダー、その知人・友人とワークショップ生が参加。ギターが鳴り、サックスが響き、歌声が秋の風に乗ってひろがる。東京駅は横たわり、日曜の仕事をこなしながら、ステージからの音楽にあわせ鼻歌をうたっている。
 僕たちの出番はラスト。日は沈み、煉瓦造りの駅舎が、あたたかな秋の電灯に浮かび上がる。ステージ上、大友さんがあいさつしているそこへ、うちのひとひが駆けあがって、
「わん! わん!」
 などと騒いで、大友さんを苦笑させる。ぞろ、ぞろ、ワークショップのひとたちがステージ中央にあがる。正面にそびえたつ、東京駅のシルエット。上手に、原田郁子さんとピアノ、下手に、ギターの大友さんと、鉛筆をもった僕。
 原田さんのピアノが始発電車のように滑りだす。何両か、走りすぎるのを待ったあと、鉛筆を握りしめ、白紙の上に字を書きながらマイクにむけて声を発する。
 ごく短い「その場小説」のあと、原田さんが唄いはじめる。大友さんのギターが、がったん、ごっとん、特急電車のように重たげに走りはじめる。
「来てくれた 行っちゃった やっと着いた はやかった まにあった」
「おとしもの みやげもの ひさしぶり すれちがい まだ眠い」
 ピアノとギターが織りなす鉄路の上を、ワークショップ生が、ひとりひとり前に出て、それぞれの「駅」のことを、マイクで語りだす。詩の朗読。駅の朗読。いま、東京駅がふりかえり、聞き耳をたてている。
 そして、三十人、四十人、それ以上のリエゾン。
「とー おー きょー えー きー」
「とー おー きょー えー きー」
 東京駅を唄ったあまたの歌のなかで、これほどシンプルな歌詞は、ちょっとほかにないだろう。
「とー おー きょー えー きー」
「とー おー きょー えー きー」
 子どもたちの吹きあげるシャボン玉が、夜のライトを受けて虹の色にかがやく。ステージ上に浮かび、そして、またどこかへ遠のいていく、おおぜいの記憶。
 ただ、いまは、全員がこの場所、東京駅にいる。生まれ、年齢、職業、ばらばらな人間が、たまたま、このステージ上、ステージの下で、「東京駅のうた」をうたっている。
 途中「ICカード・リズム遊び」をさしはさんだ。
「スイカ、イコカ、キタカ、マナカ、トイカ、ピタパ、ニモカ、スゴカ、はやかけん!」
 リズムに乗せて唄えばラップみたいにきこえる。日本全国のICカード、東京駅ではむろん、そのどれもが問題なく使える(ほかの駅でも使えますが)。
「あと二時間 あと二分 やえすぐち まるのうち 電車たち」
「うんてんしゅ 車掌さん 靴のおと アナウンス 靴のおと アナウンス 靴のおと アナウンス 靴のおと アナウンス」
「もうすぐ かえる」
 大友さんのギターの音がシャボン玉にかさなる。
「とー おー きょー えー きー」
「のぼり! くだり!」
「とー おー きょー えー きー」
「のぼり! くだり!」
 線路はどこまでもつづく。いずれ、どこかでくるっと回って帰ってくる。声も、リズムも、音楽も。この、瞬間、東京駅はこの世の中心になっている。この、僕たちが生きている世界のすべてが、東京駅になっている。



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いしいしんじ

作家。大阪生まれ。現在、京都のミシマ社の「きんじよ」に在住。2016年 『悪声』で第4回河合隼雄物語賞受賞。6月に新刊『海と山のピアノ』を刊行予定。お酒好き。魚好き。蓄音機好き。

KBSラジオ「いしいしんじのころがるいしのおと」を毎週火曜日午後9時半から放送中。イベント「いしいしんじとコロちゃんの(だいたい)78回転のアルバム」を京都・誠光社にて定期開催中。

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