きんじよ

第27回 みやさまにおまんじゆうもろた

2016.11.21更新


 鴨川河原を走って川端丸太町にもどってきたら、東西南北それぞれの交差点におまわりさんが立っている。
「みやさま、きはるわ」
 ひとひは南西角のおまわりさんに近づいていき、通過の時間をたしかめる。ダッシュでうちに戻り、台所の園子さんを呼んで、三人でまた交差点へ。
 ほどなく、
「きた、きた」
 とひとひ。まず白バイ。「3」と車体に書かれたパトカーの、屋根のランプは赤と青。「3」とはつまり、あと3分で天皇と皇后を乗せた「御料車」が、この場所を通過する、との意味。
「あ、ひみつけーさつや!」
 覆面パトカーの「前駆車」には、京都府警と宮内庁の精鋭が乗りこみ、周囲に異変はないか目を光らせている。このときの彼らくらい鋭い、鷹か鳶みたいな人間の目を、ぼくはあまり、ほかの場所でみた記憶がない。
「きたで! きた!」
 「1」のパトカー。つまりあと1分でやってくる。みえた、センチュリー。ただのセンチュリーではない。ボディ、エンジン、内装からナンバープレートまで、すべて「みやさま」仕様の、世に一台しかない特注品だ。
 御所を出て丸太町沿を東へ、そうして川端通を南へ右折。つまりこの交差点は、いわば「やりまわし」的なポジション。沿道で、細かく振られる庶民の手が、ゆるやかな、鴨川クラスのウェーブをなす。
 センチュリーが曲がってくる。お顔がよくみえるよう、特別にデザインされた後部窓のむこうに、おだやかなほほえみと、ゆったりと振られるてのひらがみえる。
 ひとひはじっとみつめている。京都うまれだから、というより、かっこいい車のパレードがみたくてしょうがない。
 何ヶ月かに一度、両陛下、あるいは皇太子殿下が川端通を南下し京都駅へむかう。たまたまだろうが、かなりの確率で、その行列に遭遇する。ひとひは「とてもいいもの」として受け止めている。御所一般公開のときにしか買えない、鶴屋吉信の御菓子「御苑の菊」におおはまりし、一昨年、去年と、年に2個ずつたべている。
 実家の父、ひとひにとっては「おもしろいおおさかのおじいちゃん」が十一月九日、秋の叙勲で勲章を授かることになった。東京にある「こうきょ」で、おじいちゃんが「みやさま」に会う、ときき、
「わがし、もらえるんちゃうかあ」
 とひとひはニヤニヤしていった。
「おとーさん、おじーちゃん、なんじごろ、みやさまにおうてるのん」
「おひるすぎて、3じごろかららしいで」
「ふーん。あのね、おもしろいこと、かんがえてんけど」
「なんやな」
「ちょうどそのじかんに、おじいちゃんのけーたいでんわに、でんわしてみたら、どうなる?」
「あほな!」
 そんなことしたら、本気で、陛下にむかって「ちょっと失礼しますわ・・・(電話に出て)ああ? なんの用事や?」とやりかねないのが実家の父なのだ。
 夕方、皇居から帰る時間に合わせて、京都駅から品川へ、ぼくひとりでむかった。品川プリンスホテルは、勲章を胸にぶらさげた老人でごった返していた。午前中、ここのホールで受勲の伝達式があったため、ほとんどの受勲者がこの宿に泊まっている。
 すれちがい、会釈しあう顔と顔が、ちょっとだけ誇らしげに、また、互いの誇りをたたえ合うようにほほえんでいる。
 ホテルの部屋で、モーニング姿の父は、やはり誇りと多少の疲労をにじませながら笑った。陛下からくだされた賞状を、筒ケースからとりだそうとして、指に唾をつけたところを「おとーさん! それ、唾あかん!」と瞬時にたしなめられた。
 家族で近所の居酒屋に集まった。東京の兄夫婦と甥っ子、弟夫婦、名古屋から弟、京都からぼく、総計七人。二時間たらずのうちに日本酒の一升瓶と四合瓶、焼酎が一本からになった。父は「生きてるあいだに、おかあさんを皇居につれていけたのが、とにかくよかった」と殊勝すぎることをいった。元来、勲章や名誉にはまったく関心はないけれども、ほめてもらうと、とにかく無性にうれしいひとである。
「これ、もろたん」
 と母は、僕に白い小箱をさしだす。あけてみると、菊のご紋の菓子包みが3個、整然とならんでいる。
「1個、京都にもってかえり」
 ということで、携帯電話こそかけなかったけれども、もくろんだとおり、ひとひは「みやさま」の「わがし」をゲットした。銘は「菊焼残月」。京都から東京へ「都落ち」した「虎屋」の、一見どら焼きに似た御菓子である。


いしいしんじさんからのおしらせ!

ひとつ
11月23日(水・祝)午後4時半から、ロームシアター3階パークプラザにて
いしいしんじのやわらかなとーく
初脚本「やわらかなかぐら」の上演(26日)記念。無料、ご予約不要です。
ツバクロ限定本「すっぽんレゲエ」など、小説のおみやげ多数あります。
たぶん、蓄音機もかけるかも。

ふたつ
11月26日(土)午後4時から
初脚本作品「やわらかなかぐら」上演
たえず川音の鳴りつづけている、
こどもだけの村に起きた、
ささやかで、巨大な、
神様にまつわるできごと。
狂言、舞踏、役者、ご近所のこども、
みんないりまじった、
1回こっきりの公演です。
こどもでもおとなでも
老人でもたぶん楽しめます。


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いしいしんじ

作家。大阪生まれ。現在、京都のミシマ社の「きんじよ」に在住。2016年 『悪声』で第4回河合隼雄物語賞受賞。6月に新刊『海と山のピアノ』を刊行予定。お酒好き。魚好き。蓄音機好き。

KBSラジオ「いしいしんじのころがるいしのおと」を毎週火曜日午後9時半から放送中。イベント「いしいしんじとコロちゃんの(だいたい)78回転のアルバム」を京都・誠光社にて定期開催中。

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