きんじよ

第33回 なつやすみ

2017.09.09更新

 夏休み。楽しかったこと。
 ひとひが学校に出した「えにっき」にすべてあらわれている。
「8がつ1にち おとうさんがしごとをがんばったので、バリとうにいきました。バリ・ばーどぱーくというところにいきました。とりがいっぱいいる、どうぶつえんです。ぼくはここがとてもすきになりました。えは、オオハシかオオサイチョウが、ぼくのあたまにのっているところです」
 写していて、小学校にかよったたった三ヶ月のうちに、自分の手でまっすぐに、句点や読点も交えて、こんな筋の通った文章を書けるようになったことに驚いた、のはさておきバリ島。リゾートホテルのグループ「ほしのや」が今年のはじめ、はじめて海外に宿をつくった。それが「ほしのや BALI」。ここに三日間滞在し、バリについての短編を一本書けば、その間の宿泊費、航空運賃もタダにします、というすばらしいオファーがあり、園子さんとひとひもいっしょに出かけることにした(ふたりの分はもちろん自腹)。ひとひにとったら初めての海外だ。
 パスポート取得から大興奮。もうひとつ、ぜったいにもっていきたいものがあり、それはこれまでに貯めた図書カードで買った。ポケット版の「鳥類図鑑」だ。
 乗り物、レコード、古代生物、アポロと、いろんなものにはまってきたひとひだが、いまキているのが「鳥」だ。どこへいくにも図鑑を携え、時間があればどこでも開き、
「な、おとーさん、すきなとりいうて。ぴっぴが、せつめいしたるから」
 鴨川や御苑でムクドリやシギ、トンビを観察。シラサギは、じつは「クロサギのしろいやつ」なんやと知ったときは、親子で異様に盛りあがり、「サギすごいなあ」と感心しあった。
 インドネシアは野鳥の宝庫。が、まさか泊まっている宿から20分ほどのところに「バリ・バードパーク」があるとは、現地にいくまで知らなかった。入場料を払って敷地にはいるや、ひとひも僕も、犬が立ってしゃべりだした、みたいな顔で突っ立っている。僕の頭くらいの高さの止まり木に、鳥界のスーパースター、ベニコンゴウインコが、オオサイチョウが、キバタンが、何食わぬ顔でとまりきゅろきゅろ啼いている。常連客が腕を差し出すと、コンゴウインコは、ひょい、と飛びうつる。足輪も紐も鎖もなにもない。水族館のイルカみたいに訓練された極彩色の鳥たちは、ここめざしやってきた鳥好きを、つぎつぎと一撃でノックアウトしていく。ひとひは笑いながら芝生に倒れている。
 ひとひの肩にキバタンが乗る。オオハシにオオサイチョウ、コンゴウインコが乗る。がさがさと揺れた茂みから、モモイロペリカンの隊列があらわれ、沼までの小径を行進していく。
 鳥好きになった途端にこんな場所に来られる僥倖。いや、この場所に来ることを感知してあらかじめ鳥好きになったのか。地球は小さいと思う。コンゴウインコの編隊が自在に飛びかうあの空で世界はつながっている。
「えにっき」の二枚目は「バリ・ズー」(宿題の「えにっき」は一日分だけでOKだが、ひとひには書くことがたくさんあった)。
「バリとうで、ばり・ずー、というところにいきました。そこで、ぞうにのりました。ぐらんぐらんゆれて、おもしろかったです。ぼくたちをのせてくれたぞうは、エレナちゃんというなまえです。おりたところのポニーにものりたいな、とおもいました。ポニーはだれも、のせてもらってなかったです」。
 背中に乗ると、ゾウという乗り物は、安定しているなあ、とおもった。むろん訓練をうけているんだろうが、背中に四人、都合200キロほどの荷重をうけて、こののんびりさは普通ありえない。ゾウの足の裏に触ったことがあるが、堅いようで、けっこうふわっとやわらかだ。大玉のスイカに片足をかけ、ぐりぐりっ、ぐりぐりっ、と押して、パッカンきれいに四等分に割ることもできる。重み、バランスということに、たいへん敏感な動物なのだ。
 三枚目は一気に、日本へ飛ぶ。
「みやこじまで、うみがめをみました。それから、うまにのりました。みやこうま、というしゅるいです。うまのなまえは、てぃーだくん、といいます。てぃーだは、おきなわのことばで、たいようのことです」
 なんだか動物にばかり乗っている。宮古島には毎年いっていて、今年はバリ行くからええやん、と話したら、ぜったいのぜったい、みやこにもいく、とひとひは断言し、出発の前日までに、さんすうやこくごの宿題にすべて片をつけた。やるときはやる。そして宮古馬に乗る。てぃーだくんも四年連続だ。
 八月はとにかく外へ出まくった。小学校がはじまるまでの二十三日間で、京都の自宅で過ごしたのがたった四日、というすさまじさだった。
 夏休み最終日、念願の京都花月へ。赤ん坊のころから大好きな、ザ・ぼんちが登場。若手もおもろいが、やはり空前絶後のトップをとった「おさむちゃん」は、いつみてもすごいな、と実感する。六十こえてあのテンション。からだじゅうの穴という穴からあらゆるものがほとばしりでてる。
 新喜劇の座長はすっちーだった。めでたしめでたし、で芝居が終わったあと、すっちーはくじの箱を手探りし、「じゃ、舞台でいっしょにズッコケてくれるひと、番号と名前呼ぶね・・・えーと、『く、の16ばん』、いしいひとひくん」
 最初からわかってたみたいな余裕の笑みを浮かべて一年生はステージへ。若井みどりの「おじゃまでパジャマ」でいっせいにズッコケる。その瞬間、ひとひ一年生の夏休みが終わった。「えにっき」と、クーピーとスケッチブックで作った「いしいひとひ なつやすみ ちょうるいずかん」、それに、おぼえきれないほどの思い出があとに残った。



 

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いしいしんじ

作家。大阪生まれ。現在、京都のミシマ社の「きんじよ」に在住。2016年 『悪声』で第4回河合隼雄物語賞受賞。6月に新刊『海と山のピアノ』を刊行予定。お酒好き。魚好き。蓄音機好き。

KBSラジオ「いしいしんじのころがるいしのおと」を毎週火曜日午後9時半から放送中。イベント「いしいしんじとコロちゃんの(だいたい)78回転のアルバム」を京都・誠光社にて定期開催中。

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