きんじよ

第35回 阪堺電車上町線

2018.01.17更新

 現代のこどもたちにとって、年末から年明けにかけては、まさしく夢のゴールデンウィークかもしれない。クリスマスには、必ずサンタさんがおもちゃをもってきてくれる。年末は夜更かしのし放題。お正月には少子化の折、一極集中でお年玉が集まってくる。
 おもちゃを扱っている店は、ヨドバシカメラでもトイザらスでもジョーシンでも、元旦の朝から勢いよく、シャッター全開であいている。仮面ライダー、トミカ、リカちゃんにレゴ、どの棚の前も、おじいちゃん、おばあちゃんに付き添われたダウンジャケットの子らであふれている。ひと昔前の北京や上海の正月風景に、本邦がようやっと追いついた、と、そんな風情である。

 うちは、男ばっかの、四人兄弟だった。いまはそうでもないけれど、それぞれ小学生や中学生だったころは、家計が逼迫するくらいよく食べた。餃子はひと夜に300個。食卓に置かれた鉄板の上のやきそばで、向こうに座っている兄の顔がみえなかったのを覚えている。
 そんな兄弟でも、クリスマスはやはり特別だった。ひとりに一本ずつ、「とりのあし」が出た。25日の朝は枕元に包装紙にくるまれたプラモデルや図鑑が置いてあった。大阪でいちばん古い塾を経営していた父は当時、ミナミの帝王なみに羽振りがよかったのだ。
 だからお正月には、塾関係のおとなやおにいさんおねえさんがたで、家のなかが、それこそおせち料理のお重みたいにごった返し、次から次に、サントリーオールドが空になった。
 お正月は要するに、おとなのものだった。どこかへ遠出できるわけでもないし、元旦を過ぎれば、神社や万代池をぶらつきながら、早いとこ、学校、はじまってくれへんかな、なんて願ったりしたものだ。
 うちのクリスマスは、マリア幼稚園のオラトリオが中心だった。イエスさまを拝みにいく羊飼いとして、この日を迎えられることなど滅多にない。
 夜はやはり「としのあし」。寝る前にひとひは、毎年、お座敷のちゃぶ台に、飲み物と「あて」を用意する。寒い夜をこえてくるサンタのために。去年はグラス一杯のワインと生ハムだった。今年は千枚漬け、すぐきと日本酒の四合瓶だった。
 25日の朝おきると、「ごちそうさま、おつけもん、すっごいおいしかった!」と書かれた手紙が残され、お漬け物の皿と四合瓶は空になっていた。そしてクリスマスツリーの下に、包装紙にくるまれた包みがふたつ。あけてみると、「しんかい6500」の海洋堂の模型と、「深海の生きもの」というDVDつき図鑑だった。ひとひの現在の興味を見事にすくいあげた「サンタCIA」の諜報活動に拍手。

 「東京のおばあちゃん」からは、大きなレゴの箱が届いた。警察ヘリコプターのキットである。早速ひとりで組み立て、去年のクリスマスにサンタからもらった南極観測用ヘリコプターとちゃぶ台に並べた。「しんかい6500」も出動し、海難レスキュー活動の遊びがまるまる3日つづいた。そして年末、大阪の実家に移動した。

 塾をたたんだ父、ほっとした母。四人兄弟とそれぞれの奥さん四人。そして、やはり男ばっかのこどもたち四人。僕も昔そうだったように、「しんせきのおにいちゃん」というのは一種あこがれの対象だ。こどもたちはダマになって家じゅうを転がりまわり、紅白歌合戦、笑ってはいけない、などをBGVに、おや、と思っている間に、犬の年がワンと来た。
 塾関係のおとなが来なくなったかわり、ひとひを含めたこどもたちが、正月のあいだじゅう子犬のように家じゅうを駆けまわっていた。「大阪のおばあちゃん」と奥さんたち、そして子らが毎日、万代池の広場で本気でサッカーをした。年のはじめから、みんなの靴が埃まみれになったが、埃だけでない、なにかこの時期だけの特別な光を、その輪郭にまとっているようにもみえた。

 五日には新幹線に乗って東へむかった。沼津駅の待合室で待っていた「東京のおばあちゃん」と合流し、前に、三崎まるいちの美智世さんといっしょにいった、伊豆「三養荘」に逗留した。うちの家がまるまる入りそうな広大な部屋、広大な庭で、ひとひはやはり、正月の光を彗星の尾のようにたなびかせながら駆けまわった。見ているだけで幸福そうな「東京のおばあちゃん」を見ている園子さんを見ているだけで幸せな気持ちになった。お正月の光は、ひとをつなぎとめる目にみえない糊だ。

 おとなたちは子どもにクリスマスプレゼントを贈り、お年玉を渡す。こどもたちも、ただ、もらいっぱなしではない。年老いたおとなにとって、こども自体がサンタクロースであり、こどもたちひとりひとりが、特別な光を帯びたお年玉なのだ。
 年の瀬から年初へ、へびからいぬへ、たすきが渡され、時間がくるっと循環する。その回転に乗って、おとなからこどもへ、こどもからおとなへ、大切なものが贈られる。くりかえされる回転のなかで、こどもたちはだんだんとおとなになり、新しいこどもたちと向かい合って、くるっ、くるっ、と循環を生きる。みんなこうして、玉のような時間を、次の世代へ、次の世代へと受け渡し、そうしていま、2018年の犬が、光の尾をピンと立て、僕たちの前にすわっている。
 二日の朝、ひとひはお年玉のポチ袋をリュックに入れてジョーシンに出かけ、大阪の実家そばを走る阪堺電車上町線の模型と、トミカの「日産リーフ」を買った。
 三日の朝母と弟が数えてみると、今年はワインが30本と少し、日本酒の一升瓶が10本、焼酎が1本、缶ビールが50本あいた。去年より若干少ない。こどもから、ずいぶんとおとなになったみながみな、少しずつ、少しずつ、循環の勢いが鎮まってきた、ということなのかもしれない。

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いしいしんじ

作家。大阪生まれ。現在、京都のミシマ社の「きんじよ」に在住。2016年 『悪声』で第4回河合隼雄物語賞受賞。6月に新刊『海と山のピアノ』を刊行予定。お酒好き。魚好き。蓄音機好き。

KBSラジオ「いしいしんじのころがるいしのおと」を毎週火曜日午後9時半から放送中。イベント「いしいしんじとコロちゃんの(だいたい)78回転のアルバム」を京都・誠光社にて定期開催中。

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