木のみかた

第1回 「あの森」の最深部へ

2012.09.25更新

はじめまして。僕は三浦 豊といいます。森の案内人をしています。

冒頭から唐突ですが、これから僕が好きな森をご紹介したいと思います。


僕が「あの森」を初めて訪れたのは、2年前の10月23日のことでした。
10月の下旬というのは(僕が住んでいる京都では)これといった特徴のない季節です。
暑くもなく寒くもない。花は少ないし、木々の葉は深い緑でもなく、まだ紅葉もしていない。

そんな季節の昼下がりに、僕は初めて「あの森」へ足を踏み入れたのです。

初めて歩いた日のことを、今でも鮮明に覚えています。
森をすたすたと歩いて、家に帰ってきてから、僕はなんともいえない余韻に浸りました。

例えるなら、夕暮れ時に近所の商店へ[豆電球を光らせる小学生向きの実験用キット]を買いに行き、家に帰ってキットを組み立ててみて、灯りがついたと思ったら、ゲンジボタルの光のような柔らかい光がほのかに灯った。
そんな余韻でした。
僕は満たされた心地になりました。
それから僕は「あの森」へ通いはじめたのです。


春になって、あの森の大部分は豹変をしました。
初々しい息吹に包まれたのです。

第1回 木のみかた

散歩をする人が増えていました。

第1回 木のみかた

僕も散歩をしました。しばらく経ってから、春爛漫の森の隣にある聖地はどうなっているのか、ふと気になりました。
聖地とは、僕が「あの森の最深部」と位置づけている森のことです。
なんとなく神々しい雰囲気が漂っているので、僕が勝手に聖地と名づけています。

花盛りの森に背を向けて、トンネルになっている茂みを掻き分け、聖地へ足を踏み入れた途端、僕は目を見張りました。

第1回 木のみかた

その森は、10月下旬にはじめて訪れた時から、なにひとつ変わってはいませんでした。

第1回 木のみかた

森の底に立って見上げると、風と共に全体が揺れているのが見えます。
まるで海底から海面を見上げているような、もしくは巨大な神殿の天井を仰いでいるかのような気分になります。

後で確認をして改めて納得したのですが、その森は季節が移り変わっても変わらないどころか、大昔の縄文時代から、なにも変わっていないようなのです。

聖地でのんびり佇んでいると、すぐ近くから自販機の缶ジュースが「ガコン」と取り口に落ちる音が聴こえました。
聖地のすぐ隣には、住宅街が広がっているのです。

第1回 木のみかた

縄文時代から何も変わっていない森と、平成の住宅街が隣り合っているのです。

すごいことだと思いませんか?


改めまして、はじめまして。僕は三浦 豊といいます。

冒頭にも書かせていただきましたが、森の案内人をしています。
仕事として始めたのは2年前です。
始めたきっかけは、ある体験を通して、日本という国は「森」の方から見ると、すごいことになっていると気がついたからです。
僕は自分の内側から沸き立つような覚醒感を覚えました。
これはもう、自分の人生は「森」と関わっていくしかないと思いました。

ただ、これといった特定の専門家ではない「森を歩いて楽しいです」だけの自分に、一体何ができるのだろう。
入り口は広いようで洞穴のように狭かったです。

その洞穴のように狭かった入り口が森の案内でした。
どんなことをしているのかというと、お察しがつくかもしれませんが、
いろんな人と森を歩きながら、いろんなお話をさせてもらっています。
調子が良い時は、木から「ねえ、あたしのこと紹介してもいいわよ。」「おい、俺のこと紹介しろよ。」と、手招きをされているような気になることがあります。

木が生えている。森がある。というのは物語だと思っています。

森の案内をさせてもらっている時は、バーンと、森と僕たちが共感できるような時間になったらいいなと心掛けています。

いろんな人と一緒に「あの森」みたいな場所を歩く。
そこで僕は何をお伝えできて、どんなことをみなさんと共有できるのか。
案内をすることは、とても楽しく奥深いことです。

森の案内の他に、庭づくりもやっています。
僕はバリバリの植木職人さんではなくて、どうしたらもっと魅力的なお庭になるのか、提案をさせてもらっています。
僕は庭を、森と同じくらいに愛しています。
庭と森の境界をあいまいにして、その界隈を行き来するのを、今は何よりの生きがいにしています。

森の案内でも、庭師でも、自分は結局「ええとこやね。」と、喜びをいろんな人と分かち合いたいだけなのです。
それが目的なので、手段は何でも良いと思っています。


話が少し飛びますが、僕は言葉に、本に、今までお世話になってきました。
「生かされてきた」と言っても過言ではありません。
僕は言葉から、どれほどの励ましと勇気をもらい、気づきと学びをいただいたことか。
深い恩義を感じています。

僕のような地味な活動をしている者へ声をかけてくださった三島さんのおかげで、
自分が今まで散々お世話になった「言葉」をしたため、伝えたくて仕様がないことを不特定の方に向かって書かせてもらえるのです。
これほど、ありがたいことはありません。

自分と森との出会いについて。
今の日本の森って、どうなっているのか。
そもそも森とは、木とは、庭とは、どういうものなのか。など
書かずにはいられないことを、この連載で書かせてもらいたいと思っています。

みなさま、どうぞお付き合いの程を、よろしくお願いいたします。

三浦豊拝

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三浦豊(みうら・ゆたか)

1977年京都市生まれ。森の案内人、庭師。
日本大学で建築を学んで、庭師になるために京都へ帰郷する。
修行を2年間してから、日本中を巡る長い旅に出た。
2009年の春に京都に帰り、現在は京都府城陽市に住んでいる。

今、ホームページの「日本列島の点」を徐々に増やしている。
点は僕にとって「かけがえのない場所で、いつか日本列島が真っ白になったらいい」と願っている。
よかったら見てやってください。

旅が終わったと言っても、方々へ行きつづけている。それはずっと続けたい。
仕事の傍ら、自宅の庭のお手入れを一人で、人工林のお手入れを仲間とやっている。
古今東西の音楽と落語を聴くのが好き。温泉とラーメンも好き。

三浦豊

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