木のみかた

第2回 京都市街地から城陽へ

2012.10.23更新

前回は、はじめましての森案内と自己紹介をさせてもらいました。
今回からは、いよいよ本腰の「伝えたくて仕様がないこと」を書かせてもらいたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

(以下、これからは丁寧語略)

僕は今、京都市郊外の城陽市に住んでいる。
ミシマ社さんの京都オフィスがある町だ。
先日、三島さんから「なんで城陽に越して来たの?」と聞かれて、返す言葉に詰まってしまった。僕は2年前に京都市から城陽市へ越して来たのだが、城陽だからという理由は、これといっては何もないのだ。

その時はうまく答えられなかった。
でも僕がここへ越して来たのには、止むに止まれない切実な理由があった。
それは何かというと「土に生えている木と、もっと近い場所で住んでみたい。抽象的な言い方をさせてもらえるとしたら、地面に根を張る彼らと同じ目線で寝起きをし、日常生活を営んでみたい。」ということだった。

前回でも書かせてもらったが、僕は今、森の案内人をしている。

木のみかた第2回「京都市街地から城陽へ」

城陽へ引っ越しをする前に住んでいた京都市内の実家の生活環境は、じつに快適なものだった。至便の街中だけど付近には緑地が多く、加茂川の河川敷や下鴨神社の鎮守の杜、植物園にもほど近い。
僕の家はそれほど裕福ではないからあまり実感はないのだが、周辺は京都市内でも指折りの高級住宅街らしい。
実家はその地域の大きな交差点にあるコンクリートの5階建てで、僕はその最上階の5階に住んでいた。
住んでいた部屋に鉢植えの観葉植物をたくさん置いて、まるで温室みたいにしていた。

木のみかた第2回「京都市街地から城陽へ」

ベランダと屋上にも鉢植えの植物をたくさん置いていた。

木のみかた第2回「京都市街地から城陽へ」

みんな風にゆらゆらと揺れていた。
部屋も屋上もたいして広くはなかったけれど、全部で600鉢くらいは置いていたと思う。

その空間に僕は満足していた。
街中にいながらたくさんの植物たちに囲まれていて、じつに居心地のよい毎日を過ごしていた。

ところが、森の案内を仕事で初めて3カ月くらいが経った頃、ある違和感と向かいざるをえなくなった。
森へ通えば通うほど、森の只中に身を置いていながら自分が土に根を下ろせていないような、まるで森に対して部外者のような感覚が日増しに強くなっていったのだ。

やがて、自分に欠けているのは「大地」なのだと認識をしはじめた。
何をオーガニックな詩人みたいなことを。と思われるかもしれない。
でもここは、照れないで話を続けさせていただく。

僕は今から10年前に大学を卒業した後、庭師の修行をしてから日本の自然に関心を持った。
そして庭師の修行を中断して、日本中を5年間かけて巡り、今から3年前に京都の実家に帰ってきて、森の案内をはじめた。

木のみかた第2回「京都市街地から城陽へ」

森や庭に関心を持ち、方々へ通いはじめても「大地への意識」みたいな大げさな感覚はなかったし、そもそも当たり前にある「地面」を気にしたことなんてなかった。

ところが、である。日本の旅から帰ってきてコンクリートの5階の部屋に住みはじめてから、自分の体が変容していることに気がついて、少し唖然とした。

「森は大地に根を降ろし、大空へ向かって芽吹くのだ。僕も、そしてまわりに置いている植木鉢の草木も、大地に根を下ろす事から始めよう。」
という自分の体の要求に目をそむけてはいられなくなり、その要求は日増しに募っていった。

2010年の秋に、引っ越し先を探すことにした。
引っ越し先に求めることは、たったひとつ。それは広い庭があること。
どんなに荒廃をしていても構わないけれど、だだっ広い庭があって、家がそのなかで居候をしているような、そんな物件が理想だった。
地価の高い京都市街地では、そんな条件の物件に住むことは不可能なので、郊外へ移り住むことにした。

京都市と奈良市の中間にある城陽の一軒家と出会ったのは、不動産屋巡りをはじめた初日の事だった。
不動産屋のおばちゃんが案内してくれたその家と庭を一目見て、
僕は[長い間ずっと立ちつづけていた電車内で、ようやく座席に座れたような脱力感]を覚えた。

理想を言えば、もっと庭が広かったらよかったけれど、その庭と家の佇まいに広さを越えた魅力を感じた。
敷地の広さは80坪くらい。
僕が生まれるずっと以前から、家と庭が対等な付き合いを続けているような物件だった。

家へ入る前に庭を歩いて、ここだと決めた。
なんといっても目的は庭なのだ。
その物件の庭の状態は、お世辞にも手入れが行き届いている状態とは言えなかったけれど、愛情を注げば、すばらしい場所になると思った。

そしてその物件には、僕の心を瞬時に捉えて離さないものがあった。
極端に言えば、僕はそれを見て、庭はおろか敷地のなかへ入る前に、その家に住む事を決めたのだ。

家の前に、1本の巨大な木が生えていた。

木のみかた第2回「京都市街地から城陽へ」

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三浦豊(みうら・ゆたか)

1977年京都市生まれ。森の案内人、庭師。
日本大学で建築を学んで、庭師になるために京都へ帰郷する。
修行を2年間してから、日本中を巡る長い旅に出た。
2009年の春に京都に帰り、現在は京都府城陽市に住んでいる。

今、ホームページの「日本列島の点」を徐々に増やしている。
点は僕にとって「かけがえのない場所で、いつか日本列島が真っ白になったらいい」と願っている。
よかったら見てやってください。

旅が終わったと言っても、方々へ行きつづけている。それはずっと続けたい。
仕事の傍ら、自宅の庭のお手入れを一人で、人工林のお手入れを仲間とやっている。
古今東西の音楽と落語を聴くのが好き。温泉とラーメンも好き。

三浦豊

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