木のみかた

第7回 よい庭とは

2013.03.28更新

夏が過ぎて秋になった。
手術をしてもらってから半年以上が過ぎて、左足に違和感を感じることなく歩く事ができるようになった。
うれしかった。澄みきった秋の空の下で、どこまでも背伸びをしたいような気分だった。
僕の左足の筋肉は、失った踝(くるぶし)の骨の部分を埋めようとしてくれていた。

兄の会社で庭をつくらせてもらえたのは身に余る機会だったけれど、与えられたチャンスは僕には早すぎて、もっと修行をしないといけないと思った。
しかし、どうしても庭師の修行を再開する気にはなれなかった。
日本庭園は好きだけど、そこには甘受することができない違和感があったのだ。

違和感の正体は一体何なのだろう
それが何なのか、僕はなかなか把握することができないでいた。
その正体を把握することができたのは、ずいぶんと後になってからのことだった。

違和感の正体は石だった。
日本庭園とは、石に重きを置く庭園手法だったのだ。

僕は東京で出会った「茂み」とお近づきになりたかった。触った感触は柔らかいのにアスファルトやコンクリートを砕く力を宿している。そして彼らの姿は変化しつづける。
そんな茂みたちと仲良くなりたかった。
僕は石にあまり関心がなかった。なぜならそれは固いものだから。
生まれ育った京都の住宅街でも、東京の雑踏でも、僕の身の回りは固いものばかりだった。

それでは、なぜ日本庭園は石に重きを置く庭園手法になったのか。
それは歴史を紐とけば見えてくる。

昔の日本は固いものに覆われていなかった。
コンクリートやアスファルトはなく、屋外は茂みたちに覆われていた。
僕みたいに茂みを新鮮に感じることは、一昔前の日本人には希有なことだった。

そんな中で「石」は特別な存在だった。
石は堅牢無比で、その変化を感じ取るには人の寿命はあまりに短い。
すべてがいとも簡単に移ろい行く世界のなかにあって、石の存在感は際立っていた。
だから人は石に敬意を抱き、石と真摯に向き合いながら庭園を創造して行った。

茂みと戯れているような庭もたくさんあったけれど、その庭が長い月日を超えて残る事は難しかった。
茂みと戯れることができる人が何世代もつづいて庭の主になることは希有なことだったし、頻繁に起こる天災がすべての営みを帳消しにしていった。
そうして茂みの庭は人知れずに生まれては消えて行った。
長い年月を経て残ったのは石だけだった。

僕はどこへ向かえば良いのだろう。
「よい庭とは何なのか」という問いへの答えを(仮だとしても)出さないと、次へ進むことができなくなってしまった。

それにしても、よい庭かどうかを見極めるなんて、はたして可能なのだろうか?
多くの人にとって庭という存在自体が身近なものではなく非日常の贅沢な存在になっている今日では、もはやそれは失われつつある尺度なのかもしれない。

しかし自分にとって「よい庭とは」という問いは切実なものだった。

「人と自然が調和した空間」
「より癒される場所」
「人によってそれぞれ」

どれも庭のテキストとしては的外れな事を指摘しているようには思えないが、どうもガツンと来ない。きれいにまとまり過ぎている。
当たり障りが良くなくても、自分が納得できるような、そんな熱のある答えがほしい。

庭の良し悪しは言葉にできないけれど感じ取ることができた。
その感慨をどう言葉に置き換えるのかが難しかった。
難しかったけれど、現時点での自分の答えを引き出すことができたのは、左足に違和感を感じることなく歩く事ができるようになった秋のことだった。

よい庭とは、長くそこにいたいと思える場所のこと。

どれだけの時間、そこにいたいと思えるのかどうか。
それこそが、良い庭かどうかを計る僕なりの物差しだった。

それでは、長くそこにいたいと思える場所は、自分にとってどのような庭なのだろうか。

その庭とは、
「人がつくったわりには、茂み(草木)がのびのびと生い茂っている。」
「自然のままのわりには、茂みが整っている。」
このふたつが重なっている部分が大きければ大きいほど、その庭は僕にとって、長くそこにいたいと思える場所だった。

それでは、そんな庭をつくることができるようになるためには、僕には何が必要なのだろうか。
それは「茂みの気持ちがわかる」ことだと思った。

茂みの王国みたいな場所へ足を運んで、「あるがまま」では茂みたちはどのような姿になっているのかを知りたいと思った。

それでは、その茂みの王国みたいな場所はどこにあるのだろう。

すぐに、あの場所が思い浮かんだ。


***

森へ向かうまでのお話は、今回で終わらせてもらいます。
次回からは、いよいよというか、ようやく森へ向かうことになります。

「ミシマガジン」が「みんなのミシマガジン」になることと重ねまして、みなさんに楽しんでもらえたら、とても嬉しいです。

ひきつづき、どうぞよろしくお願いいたします。

三浦 豊

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三浦豊(みうら・ゆたか)

1977年京都市生まれ。森の案内人、庭師。
日本大学で建築を学んで、庭師になるために京都へ帰郷する。
修行を2年間してから、日本中を巡る長い旅に出た。
2009年の春に京都に帰り、現在は京都府城陽市に住んでいる。

今、ホームページの「日本列島の点」を徐々に増やしている。
点は僕にとって「かけがえのない場所で、いつか日本列島が真っ白になったらいい」と願っている。
よかったら見てやってください。

旅が終わったと言っても、方々へ行きつづけている。それはずっと続けたい。
仕事の傍ら、自宅の庭のお手入れを一人で、人工林のお手入れを仲間とやっている。
古今東西の音楽と落語を聴くのが好き。温泉とラーメンも好き。

三浦豊

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