木のみかた

第10回 夜の森

2013.06.23更新

 国道をゆっくりと走って、京都から屋久島へ向かった。
 目的地は屋久島だけど、せっかくだから訪れてみたかった場所へ立ち寄ることにした。

 京都盆地を出て日本海沿いを走った。鳥取砂丘を裸足で歩き、大山を眺め、秋吉台の広い草原を歩き、大洞窟を探検し、太宰府天満宮を参拝し、阿蘇山で煙を上げる活火山を眺めた。
 庭師の修行を続けるという道を断ち、志を持って旅をはじめたものの、最初の数日間はたんなる名所巡りの旅行になってしまった。

 でも、立ち寄ったところは素晴らしい場所ばかりだった。
 「砂の丘」「大きな山」「広い草原」「大洞窟」「クスノキの巨木」「活火山」など、普段は目にすることのない大自然の只中へ行くことができて、感動の数日間だった。
 一方で国道を車で長い間走っていると、自分が想像していた以上に、国道沿いの風景はどこへ行っても似通っていることを発見した。
 ほんとうに、どこへ行っても。

 屋久島への道中が終盤にさしかかってきて、宮崎県の、ある森へ立ち寄ることにした。
 その森は、ほぼ手つかずの天然林が雄大に広がっている場所で、日本国内でも有数の広大な面積を誇る天然林だった。
 僕にとっては憧れの場所で、そこへ行けることを心待ちにしていた。屋久島へ渡る前には絶対に行っておきたい場所だった。
 今まで訪れた場所は観光名所で、いわば旅の序章のようなもの。
 それに対して、この場所から、いよいよ旅の本章が始まるような気がした。

 僕の心は期待で脹らみ、朝早くに目が覚めて、森を歩きはじめた。
 森の入口は吊り橋になっていて、見渡す限りの大森林が広がっていた。これほどまでに自然のままの森林に囲まれたことは今までなかったので興奮した。
 木の種類は何も分からなかったけど、ぱっと見ただけで、ものすごい数の木々がひしめき合っていた。
 新鮮な風が吹いていて、呼吸をしているだけで自分が透明になっていくような気がした。
 森に入ると、草木が濃密に生い茂っていた。
 僕は森の中を歩きつづけた。
 ただ歩きつづけた。
 日が少し傾きはじめてから、最初はゴマのように硬くて小さかった自分の中の違和感が、次第に風船のように膨張しはじめていることを感じた。

 無数の草木が生えていた。
 森林が広がっていた。
 でも、ただそれだけだった。

 屋久島のような目を見はる巨木が生えているわけではなく、
 京都の日本庭園のような苔が広がっているわけでもない。
 これといった胸を打つようなものが何もなく、ただ草木が生い茂っている空間が際限なく広がっているだけだった。
 自然の森というものは、かくもサービス精神が無いものなのかと唖然となった。
 その時の自分の心境を例えるとするならば、「曇り空の下、郊外の住宅街でインターホンを押して訪問販売をしつづけ、ひたすら門前払いをされて全く契約が取れないまま日が暮れて、疲れきって公園のベンチに座り、近くにあった自動販売機で冷えたビールを購入し、蓋を空けて勢いよく飲んでみたらぬるかった。」みたいなやるせなさだった。
 自然のままの森は、僕が長年思い描いていたものとは違って、それほど魅力のある場所ではなかったのだ。

 「 森を歩いた。それで? 」
 その後に何も言葉が出てこないことに、ただ愕然とした。

 仕事の合間の週末のハイキングだったらそれで良いだろう。ただ自然の中に身を置き、木々の茂みを眺め、新鮮な空気をたくさん吸って気持ちをリセットし、また明日からの生活を頑張ろうという気力が湧く。それで十分だと思う。
 しかし僕には帰る場所がない。明日も明後日も森を歩く旅をはじめたのだ。

 こんなはずではない。憬れていた大森林がこんなはずではないと思いながら、深く深呼吸をしてから心を整えて、できるだけ無心になりながら森を歩いた。
 やがて日が暮れて夜になった。僕は車を停めていた森の中の駐車場へ戻った。着替えをして、車の座席に座り、置いていたパンをかじって目を閉じた。
 疲れていたので、すぐに眠りについた。
 目が覚めて、時計を見てみると夜の9時になっていた。あたりは真っ暗になっていて、車内と駐車場の境が分からなくなっていた。
 「森を歩いた。それで?」
 あいかわらず、その後の言葉は何も出てこなかった。
 疲れているのだろうと思い、ランプを付けてアスファルトの駐車場の上にテントを張って、寝袋に入って眠りについた。
 目を閉じてみても、いっこうに眠れなかった。
 早くこの場を寝過ごしたいという願いとは裏腹に、意識はより鮮明になっていった。
 目を開けてみても、閉じていた時と同じ闇だった。
 思わず携帯電話を手にとってみたけど圏外だった。
 森のことを考えても何も見出せそうになかったので、自分の心の内側を辿ってみることにした。
 考えてみると、僕は今まで「これといった特徴がすぐには見出せないような自然な営みのままの森林」を歩いたことがなかった。屋久島のような巨木が生えているわけではなく、絶景が広がる高山でもなく、お花畑でもない、ただごく普通の自然の森。大多数の人々が、その場に特別な何かを感じることもなく、ただ通り過ぎるような場所。

 この時に、僕にとっての自然な森は、自分の中で創り上げていた「想念としての森」だったのだと気がついた。

 僕たちは、自分たち(人間)が何らかの意図を持って作り上げてきた環境の中で毎日の生活を送っている。そういった環境の中にいながら自然のままの森林を思い浮かべることは、僕にとってはいつしか甘美な習性になっていたのだ。

 日常の生活を離れて僕が今まで行ったことのある自然が豊かな場所は、どこもインパクトがあるパワースポットみたいな場所ばかりだった。そこには目を見はるような光景があり、語られるべき歴史があった。
 自然はすごいはずだ。だから自然のままの場所に身を置いてみたいと思い、実際に森を歩きはじめた。
 僕は欲張りすぎたのかもしれない。もっと怖がればよかったのかもしれない。
 森は完結していた。そこには僕の居場所は見出せそうになかった。
 この天然林を歩いて、自分は一体何がしたいのか、なにも思い浮かべることができなかった。自然の森のような庭を作りたいといっても、自然の森という存在を甘く見すぎていた。 ぱっと行って、都合の良い部分だけをぱっと持ち帰られるような手軽な存在ではないのだと、この時、痛いほどに感じた。

 今までの自分を振り返ってみると、僕はゼロに近い状況から何かを創り出そうとしたことがなかった。
 問いは常に設定されていた。そして自分の答えが正解か不正解なのか、自分より立場が上の人から評価される状況を生きてきた。
 そうなのだ。僕は今まで、自分から問いを設定し、そこから「新しいなにか」を生み出すという行為を全くしてこなかったのだ。深い森の中の寝袋の中で気がついた。
 退路を絶って森を歩きはじめたというのに、初日でこんな状況に陥るなんて、まったく、思いもよらない落とし穴だった。
 落とし穴の中は、ただ純粋に真っ暗だった。

 朝になってから森を再び歩いてみた。状況はなにも好転しなかった。
 日は昇り、木々の枝は風に揺れ、鳥たちが元気よく鳴いているというのに、まるで自分の手のひらも見えない深い霧に覆われているような気分だった。
 僕は森から逃げ出し、車のアクセルを踏んで屋久島へ向かった。

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三浦豊(みうら・ゆたか)

1977年京都市生まれ。森の案内人、庭師。
日本大学で建築を学んで、庭師になるために京都へ帰郷する。
修行を2年間してから、日本中を巡る長い旅に出た。
2009年の春に京都に帰り、現在は京都府城陽市に住んでいる。

今、ホームページの「日本列島の点」を徐々に増やしている。
点は僕にとって「かけがえのない場所で、いつか日本列島が真っ白になったらいい」と願っている。
よかったら見てやってください。

旅が終わったと言っても、方々へ行きつづけている。それはずっと続けたい。
仕事の傍ら、自宅の庭のお手入れを一人で、人工林のお手入れを仲間とやっている。
古今東西の音楽と落語を聴くのが好き。温泉とラーメンも好き。

三浦豊

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