木のみかた

第12回 屋久島の森

2013.08.25更新

 昨晩はあれほど美しい月夜だったというのに、朝になると細かい雨が降っていた。
 僕は車で白谷雲水峡という場所へ向かった。
 車道は霧に包まれていて、ライトを付けないと運転ができないくらいに霞んでいた。
 白谷雲水峡の入口付近には広い駐車場とトイレができていて、入口にはお金を払う小屋が建っていた。
 森へ入るのにお金を払うようになったのかと少しためらったものの、意味のあるお金の使い方なのかもしれないと思い喜んで払った。
 森の中では道がしっかりと作られていて、迷うことはなさそうだった。

 樹木も岩も、すべてのスケールが大きくて、まるで自分が小人になったような気がした。
 雲水峡という名前のとおり、道のすぐ横には急流が勢いよく流れていて、水が岩をたたきつける音があたりに響きわたっていた。
 森には深い霧がかかり、雨はいつまでも静かに降り続け、急流が勢いよく流れている。
 まるで水の惑星へ来たみたいだった。
 少し肌寒かったのでカッパのジッパーを上まで閉めた。

 草木も岩も、森中に広がっている苔も、たまにすれ違う人々も、全てが水に濡れていた。
 苔に覆われた森を一人で歩いていると、ずぶ濡れになった自分の体が次第に目覚めはじめるような感覚を覚えた。
 新しい世界の入口で、僕は知らず知らずのうちに禊(みそぎ)をしていたのかもしれない。

 早朝から歩きはじめて3,4時間くらいが経っただろうか。気がつくと水の流れる音が聞こえなくなっていて、まわりに生えている木々がひときわ巨大化していることに気がついた。
 巨木が集まって形成されている空間が、まるで壮大な神殿のようになっていた。

 静まりかえった大空間を僕は歩いていた。
 雨は降り続いていた。
 湿度計が右へ振りきってしまうような濃密な湿度の中を歩きつづけていたが、不快感を感じることはなかった。
 新鮮な空気が大小の風となって動いていたからだ。
 気になったのは空気の鮮度で、尋常ではないレベルで澄みきっていた。これはどういうことなのだろうと思いながら僕は巨木の神殿を見渡した。
 空気を目で認識することはできない。でもあたりをしばらく見渡しながら風のゆらぎを感じていると、空気はまさにこの場所で生まれていることがわかった。空気が生まれている場所はこんな場所だったのだ。

 空気だけではない。
 街中であってもアスファルトの国道であっても、たとえそこがどんな場所であっても、陸を覆おうとする茂みは、このような森が源になっているような気がした。
 森が自然の到達点だということは薄々予感していたけれど、森は出発点でもあったのだ。
 僕は恍惚となった。

 ずっと立ちっぱなしで足が疲れたので、すぐ側にあった倒木に腰かけてあたりを眺めた。
 ある瞬間、スポットライトのような光が上空から無数の光の帯となって、森へ一斉に降り注いだ。

 その森で感じた感動は、僕が今まで歩いてきた森とは比較にならないものだった。
 その情報量は、僕が今まで体験してきた空間をいとも簡単に凌駕した。
 この森は奇跡だ。
 仕事を辞めて、都会で生活を送っていたい気持ちも我慢して、海を渡ってここまでやって来て、本当によかったと思った。

 それにしても、同じ森のはずなのに僕が知っている京都のまわりや宮崎の森とは、どうしてここまで違うのだろう。
 まず最初に思ったのはじつに単純なことで、生えている木々の大きさが比較にならなかった。
 動物に例えると、クジラと金魚くらいに違うような気がした。
 大きな木が生えている森は、どうしてこれほどまでに僕を深く感動させるのだろう?
 その問いを、これから森へ通いながら検討していこうと思った。

 ルネ・マグリットという人をご存知だろうか。
 20世紀のシュルレアリスムを代表するベルギー人の画家で、僕は彼の絵が中学生の時から大好きだった。
 空中に浮いている岩の城の絵「作品名:ピレネーの城」、卵を見ながら鳥の絵を描いている紳士の絵「作品名:洞察力」、大木みたいに大地に根付いている1枚の葉っぱの絵「作品名:La belle saison」など、凡人にはおよそ想像がつかないような世界を彼は無数に描いている。
 日本では「だまし絵」と総称されるような作風で世界的な人気を博した紳士だが、彼がただ奇をてらって作品を描いたわけではなく「じつはとてつもない、世界の根幹に関わる一大事」を絵で表現しようとしているような気がしてならなかった。
 社会人になってから知ったことだが、彼は絵と同様、偉大な言葉も残している。

「神秘は、現実の可能性のひとつではない。
 神秘とは、現実が存在するために絶対に必要なものである」

 シンプルな文章でありながら、その奥には計り知れない奥行きを感じさせられる。
 僕は屋久島の森を歩きながら、マグリットさんのことをよく思った。
「ほらね、世界は神秘でできてると言っただろ。ここではそれがよくわかるね」と、彼が僕の隣で語りかけてくれているような気がした。

 屋久島の森は、まさに神秘の世界そのものだった。
 僕は魂が身体から抜け出てしまいそうな溜め息をつきながら、森のあちこちで、その美しさに見とれて歩を止めた。
 世界は、ほんとうはこういうものなのだ。
 人間は力を持ち、個体数を急激に増やし、その多くは衣食住に事欠かない快適な生活を送っているが、その代償にこのような森を失い、そしてその神聖を感知する力をも次第に鈍らせはじめた。
 僕もそうだった。僕はつい最近まで森に関心を持ったことなんてなかったし、何不自由のない便利な生活を送ってきた。
 でも僕は、この神秘の森へ来ることができた。1度だけではなく13年越しに2度も。
 これは僥倖だと思った。

 僕はこの森でたくさんの息を吸い、そして吐いて、森と同化しよう。
 それから創造をはじめるのだ。
 芸術系の大学に行ったけど、結局あまり関係がなかったのかもしれない。
 今までは序章にもなっていなかったのかもしれない。
 心の底からワクワクした。

 13年前のあのときの感動が、鮮明に、そして今度はグルーヴ感を伴って僕の中に再び宿りはじめた。
 あのときのように数日間の滞在ではない。
 いたいだけ、場合によってはこの島で一生を送り、よぼよぼのお爺さんになるまで、この森を歩きつづけてもいいのだ。
 お金のことが一瞬頭をよぎったけど、なんとかなると思った。

 森に入ったら13年前の記憶がとめどなく蘇るかもしれないと期待していたが、あのときにも感じた「なんだここは」という驚きと感動、そしてごく断片的な記憶以外、記憶の大部分は奥深くへ沈んでしまって思い出すことができなかった。
 でも、細部はともかく、森は13年前と何も変わっていないように思えた。
 リュックサックを背負いニキビを付けたあの頃の僕が、目の前の茂みの間から突然現れるような気がした。


 陽が沈みはじめると森からテント村へ戻り、テント村の住人や宿屋の宿泊客と団らんして、陽が昇りはじめると森へ向かう毎日がはじまった。

 僕は森をもっと多角的に知りたくなった。
 ただ歩くだけでは勿体がないので、まずは森に生えている植物の名前を覚えることにした。
 ぶ厚い植物辞典と屋久島の植物を紹介している本をリュックサックに入れて、ときには両手で本を紐解きながら、森に生えている木が何という種類なのかを調べてまわった。
 この作業は、じつに骨が折れた。
 木の名前と言われても、ぱっと見ればどれも同じように見える。でもよく観ると1本1本の姿形が微妙に違う。本で調べようと思っても、どうやって調べればいいのかはじめはとっかかりさえ掴めない。1本の木のまわりを30分くらいウロウロして、なんという木なのか本を紐解きながら観察をして、結局何もわからないまま溜め息をつきながら木から離れる。
 そんなことがひたすら続いた。
 雨が降っているときは本を紐解くことができないから、森の観察を比較的スムーズにすることができた。
 そして時折出現する森の奇跡的な美しさを、惚れ惚れしながら眺めた。

 森へ通いはじめたときに、YNACという団体が行っているツアーに参加した。

 森へ入っても、素人では何がどうなっているのか具体的には何もわからなかった。
 森のことをある程度把握できるようになるためには、どれほどの労力が要るのか見当もつかなかった。努力の仕方を間違えると、砂漠にジョウロで水を撒きつづけるような時間の浪費をしてしまうことにもなりかねない。
 そんなときにYNACのツアーに参加してみた。少しためらうくらいのツアー料金だったけれど、参加をしてみると、プロのガイドの知識の豊富さに圧倒された。
 なんとなく素晴らしいと思っていた森歩きが、劇場型になったというか、演奏付きで雄弁に物語りはじめてくれたような気がした。
 知識の大切さを改めて感じた。
 価値ある知識というのは、世界の見方をより立体的に、そして色彩を豊かにしてくれるものなのだと思った。

 僕がYNACのガイドさんみたいな(物知りならぬ)森知りになれるのか想像はつかなかったけれど、おおいに挑戦してみようと思った。
 そうすれば、ただでさえ素晴らしい森が、より一層素晴らしいものとして感じられるに違いない。

 僕は少しずつ森の奥へ歩みを進めた。

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三浦豊(みうら・ゆたか)

1977年京都市生まれ。森の案内人、庭師。
日本大学で建築を学んで、庭師になるために京都へ帰郷する。
修行を2年間してから、日本中を巡る長い旅に出た。
2009年の春に京都に帰り、現在は京都府城陽市に住んでいる。

今、ホームページの「日本列島の点」を徐々に増やしている。
点は僕にとって「かけがえのない場所で、いつか日本列島が真っ白になったらいい」と願っている。
よかったら見てやってください。

旅が終わったと言っても、方々へ行きつづけている。それはずっと続けたい。
仕事の傍ら、自宅の庭のお手入れを一人で、人工林のお手入れを仲間とやっている。
古今東西の音楽と落語を聴くのが好き。温泉とラーメンも好き。

三浦豊

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