木のみかた

第15回 山小屋days

2013.11.24更新

 森を歩くだけの時間が、いよいよ残り5日になった。 タイムアップの時間が刻一刻と近づいている。 僕はどう過ごせばよいんだろう。何か決定的な啓示がやってくるとは正直思えないけど、できるだけ悔いが残らないように行動しよう。

 悔いが残るとしたらどの部分だろう。 僕は森を歩き始めてはいたけど、森に浸っている感覚がなかった。森はあくまで観察の対象だったので、今までは夕方になると暗く沈んでゆく森を背中で感じながらテント村へ戻っていた。
 そこで、僕は大きなリュックに寝袋と食ベ物と着替えをできるだけ詰め込んで、森の中にある山小屋で連泊をすることにした。
 5日分の食料を詰め込んだリュックは、まるでメタボの中年男性を背中でおぶっているような重みがした。
 今までは日帰りの軽装で森を歩いていたので、その重みは新鮮な感覚だった。思ったように体を動かすことができない。
 5日間で重々しい荷物が次第に軽くなっていって、自分の感性もそれに合わせるように研ぎすまされていったらどんなによいだろう。
 その日もいつものようにテント村から自分の車で山奥の駐車場まで行った。でも今回は5日間駐車をしつづけるので、車を駐車場の端に寄せて停めた
  後部座席に置いていたリュックを勢いよく背負って、僕は森を歩き始めた。 荷物が半端なく重いので、いつもの歩行速度の半分くらいの速さで歩いた。

 その日もたくさん歩いて、日が暮れはじめた夕方に山小屋へ着いた。
 重いリュックを地面に下ろして、軽くストレッチをしながら固くなった体をほぐし、上着を脱いでリュックにかけて、小屋の前にある小さな平地で晩ご飯を食べた。
 僕以外には3人の男性がいた。みんなそれぞれ一人で来ていて、挨拶をしてもすぐに目を反らされた。
 小屋の前の小さな平地に、4人の男性がそれぞれ座りながら無言で夕食を食べる図式になった。 たとえば、乗客の少ない電車の座席は人から遠く離れた所から席が埋まっていく。 この山奥の平地でも、4人はみんな絶妙な距離に離れて座っていた。こういうのをテリトリー意識というのだろう。
 その中のおじさんが携帯用のバーナーで水を湧かしてカップヌードルを食べはじめた。
 湯気とともに、魅惑的な匂いがまわりに漂った。
 僕は荷物を少しでも軽くするためにバーナーを持ってこなかった事を心底後悔した。味以前に、 食べ物はやっぱり温かい方がよいと、固いフランスパンをかじりながらしみじみと思った。
 3人の男性は早々に山小屋へ入り、寝袋に入って眠りはじめた。 せっかく山小屋に泊まるのだから、僕は暗くなるまで外にいることにした。
 やがていよいよ日が暮れ始めて、自分の手元も見えないくらいになった。
 たくさん歩いた宵の口に、自分が闇の一部になっていく感覚は、不思議と心穏やかなものだった。

 もしかしたら、太陽が昇ってから降りるまでが森の一呼吸なのかもしれないと、うっすらと思いながら小屋の中へ入り寝袋に入って横になっていると、目を閉じても開けても何も変わらない真の闇に包まれた。
 懐中電灯をリュックから取り出して、左手に持ちながらノートに数行の日記を綴って眠りについた。
 すると、今までの静寂と暗がりへの風情をぶち破るように、一人のおじさんが豪快なイビキをたてはじめた。
 僕はがっかりしながら、早く眠れるように努力した。

 何時間経ったのかわからないくらいに夜が深まってから、ふと目が覚めると、おじさんのイビキが聞こえなくなっていた。いま何時なのか検討がつかなかったが、突然ドタドタドタ!! とけたたまし い音が天井から聞こえてきた。
 最初は何が起こったのかわからなかった。地震だろうか。山姥が踊りはじめたんだろうか。訳がわからなかった。ドタドタドタ!! という音は堰を切ったように鳴りつづけた。
 耳を澄ませて聴いていると、音の主はネズミだとわかった。
 今晩やってきたリュックの中の食材を狙いにきたのだろうか。それとも天井が彼らの住まいなのだろうか。まるで休み時間の廊下で鬼ごっこをしている小学生みたいに、年期が入った天井板の上をネズミたちはドタバタと走り回りはじめた。
  おじさんのイビキはリズムがどことなく一定だったので時間をかけるとなんとか受け入れることができた。でもネズミたちの走り回る音にはまったく馴染めなかった。高い知性を持っているとは到底思えない、およそ法則性の見出せない余計な動きのオンパレードが小屋中に響き渡っていた。
 他の人たちはどうしているんだろう。みんなテーブルの上に置かれた静物みたいにピタリとも動かなかった。たった今、ここを牛耳っているのはネズミたちだった。 僕は不気味で寝つけなくて、寝袋を耳に当てて眠ろうとした。
 しばらくすると、鼠が走り回る音に、おじさんのいびきリターンズが重なった。
 そのハーモニーがあまりにも悲惨なので、僕は思わず笑ってしまった。

 ちゃんと眠れたのかよくわからないまま、朝が来て目が覚めた。
 明けたばかりの山小屋まわりの森は青白い靄に覆われていて、まるで東山魁夷の絵の中に迷い込んだみたいだった。
 その森から、ものすごい数の鳥の鳴き声が、まるでスタジアムの歓声みたいに響きわたっていた。
 前衛すぎて現代の音楽シーンでは受け入れられないような、アンビエントなサウンドスケープだった。
 鳥たちは異なる種族が混在しているみたいで、彼らの鳴き声は多様な言語のように飛び交っていた。
 山小屋の壁に立てかけていた重いリュックを背負って、僕は森の中を歩きはじめた。
 じつに無意味なことをしてるね。と昨晩のネズミたちや飛び交う鳥たちに言われたとしても、言い返せる言葉は何もなかった。
 僕はなんで森を歩き始めたんだろう。ほんとよくわからなくなってきた。
 大学生のときや庭師の修行をしているときは常に考えごとをしていたような気がするのに、屋久島へ来て森を歩きはじめた途端、自分の思考がまるで働くなってしまった。
 底なし沼に杭を打ち付けているような、無重力状態でトランポリンをしているような、まるで自分の無力さを確認するためだけに屋久島へ来たような気分だった。ほんとうに、よくわからなくなってきた。

 でも1カ月が経って、僕はその行為に慣れ始めていた。慣れというのは恐ろしいもので、鈍いままだと鈍いままで時間がただ過ぎてしまう。あのときの僕は自分が鈍くなっているのか鋭くなってい るのかよくわからず、自分を内省する余裕もないまま、ただ歩きつづけていた。
「歩きつづける」という言葉の響きは、なんとなくかっこいい。そこには共感される何か(ひたむきさ、初心を忘れない芯の強さ、哀愁など)がある。でもその場合の「歩く」というのは隠喩としての表現であって、実際に歩いているわけではない。
 僕の場合は、ほんとうに、ただ歩いているだけなのだ。

 2日目の夜は、もっと山深い場所にある山小屋へ泊まった。
 山小屋に着いたのは夕方で、まだ誰もいなかった。
 山小屋の前はわりと広い草原になっていて、空はうっすらと夕焼け色に色づき始めていた。
 僕はゆっくりとリュックをおろし、ストレッチをした。泥で汚れた靴と汗で蒸れた靴下を脱いで裸足になって、夕食のフランスパンをかじりながら空を眺めた。
 夕焼け色の空は少しずつ陽が傾き始めて、桃色と黄色が混ざりはじめ、一番星が輝きはじめた。

 結局、誰も小屋には来なかった。 森の中の小屋に一人で泊まるのは、さすがに少し怖くなってきた。
 もしもホラー映画みたいな恐ろしいことが起こったとしても、真っ暗な闇の中で、僕はたった一 人で恐怖に立ち向かわなければならないのだ。
 赤の他人のイビキが聞こえていた方がまだ安心するような静寂が、あたりを隈無く浸しはじめた。真っ暗な山小屋の恐怖と歩き続けた疲労で、僕の体はカチコチに固まっていた。
 眠りにつけそうだと思っていると、まるで僕が眠りにつくを待っていたかのように、天井のネズミ達が元気いっぱいに走りまわり始めた。
 人間が1人だったら彼らも大胆になるのか、今回は天井だけではなく、僕の寝袋まわりの地べたも走りまわり始めた。12匹くらいだろうか。彼らの運動量は微塵も治まる気配がなく、廊下を走りまわる小学生どころか運動会レベルまでに達していた。3分に1回くらいだろうか。彼らは僕の寝袋の上も走り始めた。
 なんだか無性に腹が立ってきた。人間をなめるなと思って床をばんばんと強く叩いてみると、急に静かになった。でも20秒と経たないうちに彼らは再び動き始めた。僕はバンバンと床を叩く。
 彼らははピタっと止まる。でも何事もなかったかのように再び動きまわる。その繰り返しだった。
 彼らはきっとわかっていたんだろう。山小屋に来たばかりの新入りは、床を叩くくらいで暗闇の中では何もできないということを。
 最初は目だけでも閉じておこうと思って1時間くらいじっと耐えていたけど、いてもたってもいられなくて外へ出た。

 山小屋の外に出てみると、まばたきをしたらすぐに真っ暗に戻ってしまうくらいの僅かな明るみが草原を照らしていた。
 何かと思って見上げてみると、視界いっぱいに満天の星空が広がっていた。
 僕の人生のフィナーレみたいな瞬間だった。

 あれほどの星空を、なんと表現したらいいんだろう。
 地球の創世から今も続いている那由他(なゆた)のマス目がある囲碁の勝負で、黒(闇)と白(星)が五分五分くらいの星の数だった。
 星の数があまりにも膨大なので、森に生える木々の枝の輪郭が枝先までくっきりと見えた。 一つ一つの星々から重力を感じるくらいの、あまりにも圧倒的な星空だったので、少し寒かったけど寝袋を外に持ってきて、星々を眺めながら横になった。ネズミの運動会から一転して、今度は星空と向かい合った。
 星空はあくまで無音だった。 耳(あるいは脳)という器官は不思議なもので、音が聞こえない状態で膨大な数の星を長時間眺めていると、次第には聞こえないはずの音も感知しようとしはじめる。
 無音のはずなのに、星々から発せられる音が聞き取れそうな気がしてきた。「チン」と「キン」 の中間音みたいな音が超速のスピードで爆裂を繰り返しているような気もしたし、朝に聴いた鳥たちのさえずりの宇宙版みたいな気もした。
 これだけの数の星があるんだから、宇宙に生命体はきっといるだろう。
 これは疑いようがない。僕はそう確信した。
 星々をじっと眺めていると、自分も星の一つになったような気がした。

 3日目の朝は、僕の顔に落ちてきた雨雫で目が覚めた。
 寝袋をたたんでリュックの中に入れて、カッパを着て、朝ごはんのフランスパンをかじって昨日汲んだ沢水を飲んで板チョコをかじって、関節が紙ねんどみたいに固くなってきている体の節々をじっくりとほぐすように、ゆっくりと歩きはじめた。
 夜空に散らばっていた星が一粒ずつ水滴になって落ちてきたような細かい雨が降り続いていた。
 僕は関節が固まったままの体を動かせながら歩きつづけた。
 雨は夜まで降り続けた。

 その日の晩に泊まった山小屋にも、誰も来なかった。たぶん。
 僕は疲れきっていて、山小屋に着いた途端、床に倒れるように眠りについた。
 きっとネズミは走り回っていたにちがいないが、何も感じることはないまま、寝袋をリュックから出 さないで、雨に濡れたカッパを脱ぎもせず、夕食のフランスパンをかじることもせず、ただ泥のように眠った。

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三浦豊(みうら・ゆたか)

1977年京都市生まれ。森の案内人、庭師。
日本大学で建築を学んで、庭師になるために京都へ帰郷する。
修行を2年間してから、日本中を巡る長い旅に出た。
2009年の春に京都に帰り、現在は京都府城陽市に住んでいる。

今、ホームページの「日本列島の点」を徐々に増やしている。
点は僕にとって「かけがえのない場所で、いつか日本列島が真っ白になったらいい」と願っている。
よかったら見てやってください。

旅が終わったと言っても、方々へ行きつづけている。それはずっと続けたい。
仕事の傍ら、自宅の庭のお手入れを一人で、人工林のお手入れを仲間とやっている。
古今東西の音楽と落語を聴くのが好き。温泉とラーメンも好き。

三浦豊

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