木のみかた

第18回 つかの間の静かな時間

2014.02.23更新

 眠れなかった。
 姿勢を変えてみても、いっこうに眠れなかった。
 瞼を開けてみても、閉じたときと同じ暗闇だった。
 暗闇を見続けていたら、目が次第に暗闇に慣れて、まるで赤外線カメラのように周囲が見えてくるかもしれないと思いながら瞼を開け続けていたが、視界で感じられるのは、あいかわらず何も見えない漆黒の暗闇だけだった。まるで自分の視力が失われたような気がした。
 僕は目を開けつづけて、意識はくっきりと鮮明なままだった。
 どうせ眠れないんだったら、頭にヘッドライトをつけてリュックサックを背負い、夜道を歩いて縄文杉に会いに行こうかと思った。山小屋から縄文杉までは、ゆっくり歩いて1時間くらいだ。


 でも体を起こそうとすると、全身が意識に反して粘土みたいに重かった。僕の体は鈍い金縛りのような状態になっていた。

 数日の間で、そして屋久島へ来てから1カ月の間に、いろんなものを見てきた。
 僕の目は120パーセントの働きをしてくれている。そんな中で漆黒の暗闇を見続けるのは新鮮な体験だった。目を開けても閉じても漆黒の闇の世界は、不思議と心が落ち着くものだった。狭い小屋の中に人がたくさんいるという安心感も手伝っていたと思う。

 小屋の中は静まりかえっていた。他人の寝息もネズミの足音もまったく聞こえない。僕は目が見えないだけでなく、耳も聞こえなくなったような気がした。時間が経過しているという事実が周囲から何ひとつ伝わってこない。認識できるのは自分の呼吸と瞬きだけだった。
 始まりと終わりを定めることのできないエンドレスな時間が続いた。横になってから1時間くらいは経っただろうか。1000回目くらいの瞬きをしたときに、その変化は起こった。
 瞬きを1度すると、漆黒の闇が、明るい山小屋内の光景に変わっていたのだ。瞬き1回、文字どおり一瞬の出来事だった。
 まるで自分が魔法使いになったような気がした。
 
 山小屋の中には誰もいない。小さな窓から明るい日差しが差し込んでいる。枕元に置いていた腕時計を手に取って見てみると、針は11時43分を指していた。瞬きを1度しただけで、なんと12時間以上の時間が経っていた。僕は何を信じたらいいのかわからなくなった。
 山小屋の連泊、満天の星空、2日間誰にも会わなかった深い森、雨に打たれて歩きつづけたこと、極限(たぶん)の登山、空腹、森全体が絶え間なく揺れはじめたこと。
 かつてない5日間の経験をしたことで、心身は興奮しきっていたが、それと同時に疲れきってもいた。背筋を伸ばそうと思って外へ出てみると、澄みきった快晴だった。
 すべてのものがキラキラと輝いて見えた。目には見えない妖精が飛び回っているような気がした。
 ひさしぶりに訪れた、おだやかな朝の時間だった。今日で森を歩き続けることが終わることを思うと、小さな達成感を感じずにはいられなかった。まさしくフィナーレを迎えるのにふさわしいシチュエーションだった。
 ただここは深い森の中で、今から下山を始めても、僕の車を停めている駐車場へ着くのに7時間くらいはかかりそうだった。タイムスリップ級の寝坊をしたことでスケジュールが大幅に狂ってしまった。でもまあお金が1円も減っていないことだし、今日はゆっくりと縄文杉に会って、今晩もこの山小屋に泊まることにした。森歩きを終えるのは明日にしよう。

 僕の心はおだやかだった。あたりは静まりかえっていた。
 でも何かがおかしい。それにしても、さっきからおだやかすぎる。
 山小屋周辺をしばらく眺めていると、昨日との違和感を感じた。何か根本的なことが変わったような気がする。山小屋を取り囲む森に昨日まで感じていた躍動感がない。

 森が揺れていることを、僕はもう感じられなくなっていた。

 1本の木に的を絞って見つめていると、風が吹いたら枝が動くのが見える。しかし昨日までに感じていた揺れは、もっと根本的に異なるものだった。まるで砂浜に打ち寄せる波のように、僕たちの心臓の鼓動のように、森の生き物たちは絶えず揺れていた。それを僕は感じられなくなっていた。ものの見事に元の状態へ戻ってしまった。
 もしかしたら昨日の感覚は、極度の疲労と意識の覚醒が招いた幻覚だったのかもしれない。
 それにしても生々しかった。あれはやっぱり幻覚ではなかったんじゃないか。僕は無神論者だけど、神様がくれた特別な時間だったと思うことにした。

 特別な時間は過ぎ去って、揺れていない森は、昨日までとは打って変わって静まりかえっていた。僕はおもむろにフランスパンをかじり、板チョコをかじり、ペットボトルに入れている沢水を飲み干して、ゆっくりと体操をした。
 そしてリュックサックを山小屋に置いて、身軽になった体で縄文杉に向かって歩きはじめた。リュックの重みがなくなったのと半日以上の睡眠で、僕の体は綿のように軽く、見上げた空は吸い込まれるような青色だった。

 縄文杉に近づくにつれて、道で会う人が増えはじめた。山奥なのにまるで近くに駅があるみたいだった。たくさんの人が通るので道幅も広くなって堅くなり、場所によっては木道になっていた。4日前から昨日の夕方まで、人の気配をほとんど感じることなく過ごした自分にとって、この変化はなかなか劇的だった。

 しばらく歩くと、突然、前方の茂みの間から木造の構造物が見えた。木造の構造物は、まるで巨大なジャングルジムのようだった。たくさんの人達がジャングルジムの登り階段の入り口に一列で並んでいて、吸い込まれるように登って行くのが見える。
 そのジャングルジムは、縄文杉に会いに来た人たちが縄文杉の根元の土を踏み固めないようにするためのウッドデッキだった。僕もジャングルジムの入り口の行列に入って階段を登りはじめた。
 この階段を上ったら、あの縄文杉と、いよいよ12年ぶりの対面だ。
 僕は胸の高鳴りを抑えることができなかった。

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三浦豊(みうら・ゆたか)

1977年京都市生まれ。森の案内人、庭師。
日本大学で建築を学んで、庭師になるために京都へ帰郷する。
修行を2年間してから、日本中を巡る長い旅に出た。
2009年の春に京都に帰り、現在は京都府城陽市に住んでいる。

今、ホームページの「日本列島の点」を徐々に増やしている。
点は僕にとって「かけがえのない場所で、いつか日本列島が真っ白になったらいい」と願っている。
よかったら見てやってください。

旅が終わったと言っても、方々へ行きつづけている。それはずっと続けたい。
仕事の傍ら、自宅の庭のお手入れを一人で、人工林のお手入れを仲間とやっている。
古今東西の音楽と落語を聴くのが好き。温泉とラーメンも好き。

三浦豊

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