木のみかた

第20回 人々

2014.04.27更新

 ウッドデッキには絶えず人がやって来て、まるで野外フェスのような熱気を帯びていた。
 突然、あっと驚く有名人が縄文杉の後ろから姿を現して、みんなが歓声を送る。有名人は縄文杉のまわりを悠然と歩き、枝に垂れ下がったブランコに乗りながらヒット曲を歌い始める。
 そんなことがいつ起こっても不思議ではない高揚感が漂っていた。

 でもここは屋久島の深い原生林の中、みんなが見つめる相手は、ただひたすら、今まで目にした事のない大きな木だった。
 みんな縄文杉の前で記念写真を撮ったり、連れ立った仲間と感想を言い合ったり、ガイドさんの話に聞き入ったりしていた。
 大杉の前で人混みにまみれ続けた僕は、ようやく自分の周囲に馴染みはじめて、まわりの様子をじっくりと観察する余裕が出てきた。
 じつにいろんな人が、いろんな表情をしている。人の表情って、こんなにも豊かなんだと改めて感心した。

 昨日まで感じることができていた「森の揺れ」を今も感じることができたら、ここはどんなことになっているんだろう。そして縄文杉はどんな揺れ方をしているんだろう。気にはなったけど、僕にその能力は消え去ってしまっていた。

 ざわざわと、行き交う人々が口にする言葉が断片的に聞こえてくる。外国人は1人もいなくて日本語ばかりだったので、自分の聴覚に意識を集中すると、言葉の隅々までくっきりと聞き取ることができた。
「でか」「すご」「ごついなあ」「やっとついたね」「あつい」「さむい」「すごいな」「おおきいな」「わあ」「おぉ」

 ただ、その場で口に出てくる言葉なんて、特別な訓練を継続的に受けていないかぎり、きっとごく表層から出てくる単調な言葉にすぎない。
 大切な部分は、たった今、うまく口にすることができない沈黙の中にある。
 それが一体何なのか、はたして言葉になって浮かんできてくれるのかは誰にもわからない。もちろん自分にも。帰路の飛行機の待合室でふと浮かぶのかもしれないし、なんでもない朝に歯を磨いているときに浮かぶのかもしれない。あるいは記憶の奥底へ沈み、浮かび上がってくることは二度とないのかもしれない。
 いろんなことが思い通りに行くと思ったら大間違いだ。
 願いをたぐり寄せることはできるのかもしれない。でも実際に手に入れられるのかどうかは、それを願いつづけることと、なにか大小の多様な力が介在しないと成し得ないような気がする。
 自分の100倍以上も長く生きている木を前にすると、素直にそんなことを思った。

 僕はこの場に来れたことを、まずは感謝しなければならない。
 両膝をついて、古木に向かってただひたすらお祈りをする人の気持ちが、ほんの少しだけ分かったような気がした。昔の日本人は、ごく普通にそんなことができたのかもしれない。

 感慨深く、縄文杉と、それを取り巻く人混みを眺めていると、僕の隣に自分と同じ20代半ばくらいのカップルがやってきた。
 最初は気にしていなかったが、彼氏の声が拍子抜けするくらいに大きいので会話が否が応にも聞こえてきた。彼女は石原さとみ似の可愛い顔をしていて、彼氏は野球部で2番目にかっこいいくらいの顔をしている。話をしばらく聞いていると、どうも彼らは付き合っているというわけではなく、おとついに屋久島のユースホステルで知り合い、意気投合したのかスケジュールがたまたま重なったのか、ともかく流れで一緒に縄文杉まで来たみたいだった。
 男子は和歌山から来て、女子は富山から来たらしい。

「でかいな」「すごいね」「何才なんだろう」
 デッキ上でよく飛び交っている言葉を彼らも次々と口にした。話が進むにつれて興奮してきたのか、最初から大きかった男子の声がさらに大きくなりはじめた。僕の隣に立っていたおばちゃんは少し怪訝な顔になって遠ざかった。男子は何も気にすることなく話を続ける。僕は行く先々かなりの頻度で声の大きな関西人に会う事を思い出した。
 僕の聴覚をはじめとした五感は二人の会話に支配されてしまった。僕もおばちゃんみたいにここから離れようかと思ったけど、なんとなく彼らの成り行きが気になったので、隣で聞き続けることにした。

 男子は大きな声で、彼女に意気揚々と語りはじめた。最初の「縄文杉がでかくて自然はすごい」という話題から、内容は次第に彼の夢へと変わっていった。彼は工務店の二代目で、おやじを超える大工になって、思いを込めた住宅をつくっていきたいらしい。女子は相づちの声を出すだけなので男子の夢に共感しているのかどうかはわからなかったけど、まるで小鳥のさえずりのような美しい声をしていた。
 どうやら男子は女子に気があるようで、自分の夢を語りながら口説きはじめているようだった。それにしても声が大きい。話をしながらウッドデッキの手すりの上に自分の両腕を乗せていた。やがて彼はカッパを脱いでTシャツ1枚になり、両袖を肩までまくり上げはじめた。筋肉質で大工さんらしい太くて立派な腕をしていた。そこは強調したいポイントのようだ。

 僕は次第に男子の言動に不快感を覚えはじめた。彼らの話に割って入り、筋肉質で声の大きな男子と張り合いながら、出会ったばかりの声が美しい女子を口説きたくなってきた。
 男子の夢の話が20分くらいで終わると、今度は女子が語りはじめた。男子の声に影響されることなく彼女の声の大きさはごく控えめだった。建設会社で事務の派遣社員をしているが、自分がやりたい事は何なのか最近よくわからなくなってきて、月日がただ過ぎていくのが怖いと言いはじめた。15分くらいかけてゆっくりと、まるで脱脂綿に水をまんべんなくしみ込ませるように彼女は話した。
 声の大きな男子は聞き役に回っていた。話を一通り聞いた後に、「うんうん。夢を持つ事は良いことやで。信じていたら、きっとかなうから」と、ストレートだけどピントのずれたアドバイスをしていた。

 自分と彼らの立ち位置を少し傍観してみると、僕がなぜ男子の言動に不快感を覚えたのかが腑に落ちた。さっきも書いたが、僕も女子を口説きたくなっていたのだ。  
 縄文杉を前にしての三角関係が勃発するのだ。男同士が張り合って自分のアピールをし合う。女子はどちらを選ぶのか。
 僕は一歩を踏み出す勇気がなかったので(そもそも女子に近づくには格好が汚すぎた)この三角関係はあくまで自分の妄想で終わってしまったが、巨木の前で男同士が張り合って女に求愛するのは、人間がネズミくらいの大きさだった頃から連綿と続いている営みのように思えた。
 もはや僕たち3人は、視線は縄文杉の方を向いていながら縄文杉を見てはいなかった。
 話がまとまらないまま、つまりは男子が女子を口説きつづけたまま、しばらくすると2人はユースホステルへ帰って行った。
 彼らの関係はどこまで発展するんだろう。今夜も夜通し語り合うのだろうか。カギは男子が距離を縮めることを急がないで女子の話をたくさん聞いて、彼女への想いをどのくらい誠実に伝えつづけられるかどうかだと思った。
 でも耳障りのよい言葉ばかりを大きな声で話す男子はどことなく薄っぺらく感じたし、女子も自分の事で頭がいっぱいみたいだし、二人の関係は屋久島の思い出の一つに収まってしまいそうな気もした。

 彼らが立ち去ってから、僕はゆっくりと深呼吸をしながら背筋を伸ばして、もう一度まわりの様子を観察しはじめた。
 短い滞在時間の人は、写真撮影 → 木の感想 → 二度目の写真撮影でウッドデッキを離れる、いわばスタンプラリー的な行動パターンが多かった。
 それに対して長居をする人は、あまり写真を撮らないで、真顔で沈黙の時間がひたすら長く、最初は大杉の姿に感動して、次第にそこから自己の内省へ心が移っている傾向が多いように感じられた。

 長居をしている人達の中で、とくに目を引く人がいた。秋葉原のショップを出てから山手線に乗り、駅前の雑踏からそのまま来たような風貌の40前後の男性が、ただ縄文杉を見ながら突っ立っていた。彼は明るい色合いのジーンズを履いて少し汚れたクリーム色のスニーカーを履き、腰まで届いた斜めがけのショルダーバッグを肩にかけていた。
 まるで川原の土手に立って夕焼けを眺めるような表情で縄文杉を見ていた。
 どんな人なのかわからないけど、彼とだったらなんとなく一晩飲み明かしても話は尽きないような気がした。大切なのは現地へ赴く衝動だ。
 もしかしたらこの縄文杉は、ここまでやって来る多くの現代人に、自分自身の立ち位置を示す鏡のような役割を担ってくれているのかもしれない。

 ウッドデッキの上で鮨詰めになっている人たちは、日本全国からはるばるやって来た。
 でも、たとえそれが福岡でも徳島でも、あまり変わりがないように思えた。
 多くの人が似たような場所から来たのだ。家にはライフラインが通り、近くにコンビニやスーパーがあり、車に乗ればわりと短時間でショッピングモールへ行くことができる。空間は目に見えない電波が飛び交っている。見慣れた国道沿いの光景、広がる住宅地と田園、そして立ち入ったことのない薄暗い山の森。どこへ行ってももそれほど変わらない。違いはその濃淡だけだ。
 僕もそんな場所からここへ来た。
 どこへ行ってもそれほど変わらない風景を喪失と捉えることもできるが、達成と捉えることもできる。良いか悪いかはすぐに断定できない。
 でもなぜか僕は寂しさを感じた。
 立ち続けるのもつらくなってきたのでウッドデッキに座った。

 2時を過ぎる頃になると出入りをする人は劇的に減り、長居をしている人たちも次第に離れはじめ、夕方近くになるとウッドデッキにいるのは僕1人になった。

 静かすぎる時間が始まった。
 12年前と同じように、縄文杉と僕は1対1で向かい合いはじめた。

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三浦豊(みうら・ゆたか)

1977年京都市生まれ。森の案内人、庭師。
日本大学で建築を学んで、庭師になるために京都へ帰郷する。
修行を2年間してから、日本中を巡る長い旅に出た。
2009年の春に京都に帰り、現在は京都府城陽市に住んでいる。

今、ホームページの「日本列島の点」を徐々に増やしている。
点は僕にとって「かけがえのない場所で、いつか日本列島が真っ白になったらいい」と願っている。
よかったら見てやってください。

旅が終わったと言っても、方々へ行きつづけている。それはずっと続けたい。
仕事の傍ら、自宅の庭のお手入れを一人で、人工林のお手入れを仲間とやっている。
古今東西の音楽と落語を聴くのが好き。温泉とラーメンも好き。

三浦豊

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