木のみかた

第22回 弁当と温泉

2014.06.29更新

 月明かりに照らされた山小屋の中で、僕は深い眠りについた。
 まるですべての体内器官が活動を停止してしまったような深い眠りだった。
 やがて早朝になって、山小屋に泊まっている人たちが起きはじめ、みんなが登山の支度をする物音で目が覚めた。そして僕が寝ぼけている間に、山小屋前の広場でみんなが朝ご飯を食べはじめた。僕には口にする物がもう何もなかった。昨日の朝から何も食べていない。空腹になると嗅覚が敏感になる。ほのかな甘みを含んだ朝粥のにおい、尖った甘みのクリームパンのにおい、カロリーメイトフルーツ味のにおい、バナナのにおい。どのにおいもたまらなかった。

 「 すみませんが、何か食べる物を分けていただけないでしょうか 」と、親切そうな人に頼んでみようかと思ったが、断られたときの気まずさを思うと声をかけることができなくて、それほどでもないと高をくくることにした。
 僕はみんなが朝ご飯を食べている光景を少し遠くから物欲しそうに眺めた。みんながセレブに見えた。水だけはペットボトルにたくさん入っていたので、空腹をまぎらわせるためにゴクゴクと飲んだ。
 もう少しの我慢だ。今日里へ下りたら、なにか美味しいものを、たらふく一杯に食べよう。

 昨日の快晴が嘘のように、空は雨雲に覆われていて、細かい雨が静かに降りつづいていた。
 僕はカッパを着て、膝が折れてしまいそうな重いリュックを背負い、前のめりになりながら最後の力をふりしぼって、車を停めている駐車場に向かって歩きはじめた。
 道中のことはよく覚えていないが、ひとつだけ印象的だったのは、空腹感が凄まじかったことだ。朝、誰かに懇願をしてでも何かを口に入れておくべきだったと心底後悔した。

 一度座り込むと二度と立てなくなりそうなので、ただ前に向かって歩きつづけた。
 今まで何気なくやっていたので気がつかなかったが、様々な現象に反応することや、ここ数日の経験を振り返りながら総括をすることは、大なり小なりのカロリーを消費するという事がよくわかった。

 駐車場に着いたのは夕方5時すぎだった。
 重いリュックを車の横に置いて、ひさしぶりの車の中に、倒れ込むように入って窓を開けて、シートに座って目を閉じた。ひんやりとした風が左側の原生林から車内に入ってきて、僕の体を伝って右側の車外へ通り抜けた。
 そういえば、眠るとき以外に目を閉じるのは久しぶりだ。
 冒険が終わった。疲労と空腹で何もする気が起こらない。
 でも心の一部は高ぶりつづけていて、なにかが光速で自分の意識を駆け巡っているのを感じた。それが一体何なのか、察知しようという気力はもう起こらなかった。

 お腹が減った。体も汚れきっている。でもしばらく何もする気が起こらなかった。
 6日間の濃密な体験の後には、それ相応の空白の時間がやってきた。

 車の中がUFOの中みたいに感じられた。衛生的な内装だ。そういえば今はもう21世紀だ。
 このまま車の中で寝てしまおうかと思ったが、体力が完全に消耗しきって動けなくなる前に、里へ下りて何かを食べて、温泉へ行くことにした。そして今晩はひさしぶりのテント村でぐっすりと眠ろう。

 車がものすごい速度で走り始める。僕はそれをハンドルとブレーキとアクセルで自在に操る。森にいたときと感覚が全く違う。
 海岸線に出た。雨は降り続いている。少しだけ日が陰ってきた。車の左側には、ほんの少し青みがかった鉛色の海が果てしなく広がっていた。
 車道沿いにはいろんな建物が並んでいる。なんでもない国道沿いの集落が、ちょっとした街のように見える。たった6日間でも世界観は変わるものなのだ。

 眩しい光を放っているコンビニが見えたので、駐車場に車を停めた。
 車を降りてコンビニの店内に入るまで、ものの10メートルくらいの平坦なアスファルトなのに、僕はもうしっかりと歩くことができなくなっていた。まっすぐに立つこともおぼつかず、とくに間接が錆び固まってしまったように動かなくなっていた。この衰弱ぶりには我ながら少しためらった。
 なにか危機的なことが起こって命からがら避難してきた半死半生の人みたいな足取りで店内に入り、のり弁当を買った。買ったというよりも、棚で掴んで店員に渡した。ひさしぶりに開けた財布の小銭入れから鉄の匂いがした。

 レジの後ろに電子レンジがあって、店員のお兄さんが温めてくれた。45秒の待ち時間がとても長く感じられる。
 お兄さんがどんな表情をしているのか気にする余裕はなかった。店内には大塚愛のさくらんぼが流れていた。曲調が今の自分とあまりにもかけ離れすぎていて、思わず苦笑いをしてしまった。チーンと鳴って45秒が終わり、店員がレジ袋にお弁当を入れて渡してくれた。

 これは経験した人しかわからない感覚かもしれないが、温かいのり弁当が、森を歩き終わった後の賞状のように思えた。
 熱々のお弁当を食べる場所はどこでもよかった。レジの前はさすがにみっともないが、店内の隅に行ってそのまま食べても良いくらいだった。でも今までそんな人を見たことはないのでやめた。
 僕は店の外へ出て、自動ドアから左へ3歩くらい進んだ所で、のり弁当を包んでいる薄いビニールを破り、プラスチックの蓋を開けて食べはじめた。湯気が目の前に立ちこめた。

 あまりの美味しさに、目をきつく閉じた。全身が舌の触覚とあごの筋力に集中しているのを感じながら、無心になって食べはじめた。ご飯と海苔の間には昆布が挟まっていて、その3つのコンビネーションたるや、天国級の美味しさだった。タルタルソースのかかった魚のフライ、きんぴらごぼう、卵焼き、ポテトサラダ、紅色のお新香、こんなにまでも美味しい御馳走を、僕は今までこれといった感謝の気持ちもなく食べていたのが信じられなかった。
 僕はなんて幸せなんだろう。泣きそうになりながら無心で食べた。

 ご飯を食べてから、南にある尾の間温泉へ浸かりに行った。とても熱い温泉なので賛否両論に分かれるが、僕は屋久島で一番好きな温泉だった。
 まずは風呂桶で汚れた体を丹念に洗って、少しずつ湯船に浸かった。全身がお湯に浸かった時、あまりの気持ち良さに幽体離脱しそうになった。
 自分の体の表面にある微細な穴が次々に開いて、体内の水分と熱い温泉が往来をしはじめた。熱い温泉が僕に熱を与えてくれる。
 次第に、湯船の温泉と自分の体が一体になった。

 深い原生林から出て来て、1時間くらいで温かいのり弁当を食べることができて、熱い温泉にも浸かる事ができて、現代文明はなんて凄いんだろう。
 尾の間温泉の湯船は水深が深い。1mくらいはある。
 湯船に浸かって15分くらいが経ったとき、体の底から深い溜め息が出た。その息には自分の体内の汚れやネガティブな感情がすべて詰まっていて、息を吐くと同時に、自分の体から汚れという汚れが出て行ったような気がした。まるでゴージャスな禊だった。
 とくに田舎の方へ行くと、「ごくらく、ごくらく」と呟きながら湯船に浸かっているお年寄りを見かける事があるが、ここはまさに極楽だと思った。
 造山運動の恵みというよりも、もっとダイレクトに僕の体を包んでくれているような、あえて例えるならば、これは大地の愛だと思った。僕は温泉から生きる活力をもらっている。
 もしかしたら、命というものは、自分の体の外側にあるのかもしれない。その命が外部から体の中に入ってくる事で、僕は生かされているのかもしれない。
 あまりの心地よさに脱力しきってしまい、頭の中はまわりに立ちこめる湯気のように真っ白になった。

 しかし熱に少しずつ慣れてきてから、今日の疲労と空腹で遠のいていた、森で感じた直感と縄文杉からのメッセージが、自分の意識に少しずつ戻ってきた。 

 「 屋久島の原生林は、僕の想像を遥かに超えた世界だ」
 「 星は無数にある」
 「 世界の変動が始まった」 
 「 僕はこれからどう生きていくのか」

 温泉小屋の外に出ると、あたりはすっかりと暗くなっていて、朝から降り続いていた雨は止んでいた。シルクのように薄くなった雨雲の向こうに、限りなく満月に近い月が浮かんでいるのが見てとれる。今晩も縄文杉はあの光に照らされているのだと思うと、言いようのない気力が湧いてきた。

 僕は夜空に向かって大きく体を伸ばして、軽い体操をした。
 そして車にエンジンをかけてテント村へ向かった。 
 森歩きの日々が、いよいよ終わりに近づこうとしていた。

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三浦豊(みうら・ゆたか)

1977年京都市生まれ。森の案内人、庭師。
日本大学で建築を学んで、庭師になるために京都へ帰郷する。
修行を2年間してから、日本中を巡る長い旅に出た。
2009年の春に京都に帰り、現在は京都府城陽市に住んでいる。

今、ホームページの「日本列島の点」を徐々に増やしている。
点は僕にとって「かけがえのない場所で、いつか日本列島が真っ白になったらいい」と願っている。
よかったら見てやってください。

旅が終わったと言っても、方々へ行きつづけている。それはずっと続けたい。
仕事の傍ら、自宅の庭のお手入れを一人で、人工林のお手入れを仲間とやっている。
古今東西の音楽と落語を聴くのが好き。温泉とラーメンも好き。

三浦豊

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