木のみかた

第24回 旅の始まり

2014.08.24更新

 目が覚めたとき、自分がどこにいるのかわからなかった。蒸れたビニールと草むらが混じった匂いがする。
 そうだ。僕は森からテント村に帰ってきたのだ。
 テントで寝泊まりをするということは、聞こえは素敵に聞こえるかもしれないが、実際にやってみるとそれほど良いものではない。1年の半分以上は「暑い!」という感覚で目が覚めて、1日が始まったと同時に体はじんわりと汗をかいている。

 テントの1番の利点は、簡単に移動ができるところにある。毎晩同じ場所にテントを置いていると、単にそれは雨風をしのぐことができる、最もチープかつシンプルな住まいになる。

 テントのファスナーを開けて外に出た。今日はよく晴れている。焦げた匂いがしたので、昨晩みんなでキャンプファイヤーをした所へ行ってみると、テント村の住人たちが5人ほど残り火を囲んで朝ご飯を食べていた。食べるものが何もなかったので、みんなが口にしていたクラッカーとコーヒーをもらった。
 さあ、今日からいよいよ、森を歩くのではなくて「食べていくこと」を探していかなければならない。
 僕はテント村を出て、入江さんのお宅へ向かった。
 少しだけ緊張感の漂う、でも自分の中での覚悟が定まったような、なんともいえない朝だった。
 入江さんの家の入口にある林は、新鮮な朝の光をいっぱいに浴びて、葉っぱが1枚1枚キラキラと輝いていた。それにしても明るい林だ。多くの生き物が僕たち人間の想定の範囲内で枝葉を伸ばして元気に生きている。そんな安心感が漂っている。
 広い林の中にある入江さんの家が見えた。煙突から煙が出ている。なぜかほっとした。
 家の隣にある畑で、青々と茂った野菜の中に埋もれながら入江さんが草刈りをしているのが見えた。
 「入江さーん」と僕が声をかける。彼は顔を上げて「やあ」と穏やかに微笑んだ。
 「ちょうどよかった。そろそろ朝ご飯にしようと思ってたんだ。よかったら一緒に食べよう」と言いながら、手袋を脱いで僕を家の中へ招き入れた。

 「へえ、ちょっとたくましくなったんじゃない」と、台所に立っている奥さんが僕を見て言った。

 僕たちは朝ご飯を食べはじめた。朝日を浴びたダイニングの白いカーテンが、そよ風でゆらゆらと動いている。
 具沢山で熱々のお味噌汁を一口飲んで、ほかほかの真っ白なご飯に、家のまわりを走り回っている鶏が今朝生んだばかりの卵をかけて食べた。卵は黄身と白身がくっきりと分かれていて、黄身は濃密なオレンジ色をしている。
 入江さんご夫婦には食事を何度御馳走になったかわからない。たくさんご馳走になったけど、僕はこの卵かけ御飯が一番好きだった。口に入れると、体の中で命が膨らむような気がした。
 入江夫婦は、あいかわらず、なぜここに来たのか何も聞こうとはしなかった。ただ僕がここへ来なかった6日間に起こった出来事――林で見かけた美しい鳥のことや近所の山に登った時に見かけた美しい花のことなど――を教えてくれた。

 「 中でも、4日前の夜中だったかな、あの時の星空はすごかったな」
 入江さんは目を輝かせながら言った。僕が山小屋前の草原で見上げた星空のことだ。僕たちは同じ星空を眺めていた。あの星空は、やっぱり現実だったのだ。

 うれしくなった僕は、堰を切ったように、僕も眺めた4日前の星空の話を手がかりにして、この6日間の出来事を話しはじめた。

 入江夫婦は僕の話に聞き入った。気分がよくなった僕は、たくさん話をした、ような気がする。どんな話をしたのかはよく覚えていない。とても興奮していたから。
 どのくらい話をしたんだろう。話をしている間に奥さんがお茶を何度も入れてくれて、お昼ご飯とデザートを二度いただいたので、相当な長時間だったと思う。

 僕は夢中で話をした。自分の口から、こんなにも、ありとあらゆる言葉が洪水のように溢れ出てくるなんて、驚くべき現象だった。

 入江夫婦は僕の話をニコニコと微笑みながら、時には怪訝そうに眉間に皺を寄せながら、時には遠くの湖面を眺めるような表情で、話に聞き入っていた。
  やっぱりあの夫婦は凄い人たちだったと思う。自分の半分も生きていない若者の話に何時間も聞き入って言葉を何も返さないのは、そうそうできることではない。

 もしかするとあのときの僕に一番必要だったのは、自分のこれからと所持金を憂いで居場所を探すことよりも、自分の中にあるものを出しきることだったのかもしれない。
 話をたくさんしたことで、自分の体の中に詰まっていた「なにか」を消化できたような気がした。
 僕の話は、まるで長い物語の最後の行を読み終えたように、静かに幕を閉じた。
 自分の人生に大きな句読点が打たれたような気がした。
 窓の外ではオレンジ色に染まった夕陽が木々を照らしている。
 
 少しの長い沈黙があった後、奥さんは椅子から立ち上がって、僕の体を強く抱きしめた。
 僕を抱きしめながら「豊、悲しい旅だな」と言った。
 そのときは、その言葉の意味がよく分からなかった。

 しかし、たしかに、僕はそれから1カ月後に屋久島を離れて、長い旅へ出ることになった。

 ほんとうに、いろんな場所へ足を運んだ。それは長い長い旅だった。

 この旅のことは、また機会があれば書いてみたい。

 そして、その旅は、ある一面では、たしかに悲しい旅だった。
 奥さんは、それが事前にわかったのかもしれない。彼女はエスパーだったのだ。

 あのときの僕は26才で、今これを書いている僕は37才だ。
 あれから11年も経ったことになる。

 僕は今、森の案内人をしている。森を歩くことが仕事になった。

 旅はテンポとリズムを変えながら、今も続いている。


                             木のみかた 屋久島編 完


*「木のみかた」は、三浦さんの屋久島の旅を描いた「屋久島編」を終え、新たなステージに突入します! これからもご愛読くださいますよう、よろしくお願いいたします。

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三浦豊(みうら・ゆたか)

1977年京都市生まれ。森の案内人、庭師。
日本大学で建築を学んで、庭師になるために京都へ帰郷する。
修行を2年間してから、日本中を巡る長い旅に出た。
2009年の春に京都に帰り、現在は京都府城陽市に住んでいる。

今、ホームページの「日本列島の点」を徐々に増やしている。
点は僕にとって「かけがえのない場所で、いつか日本列島が真っ白になったらいい」と願っている。
よかったら見てやってください。

旅が終わったと言っても、方々へ行きつづけている。それはずっと続けたい。
仕事の傍ら、自宅の庭のお手入れを一人で、人工林のお手入れを仲間とやっている。
古今東西の音楽と落語を聴くのが好き。温泉とラーメンも好き。

三浦豊

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