木のみかた

第28回 街の森の見つけかた 2

2016.04.25更新

 街の中の森の見つけ方、前回につづいての第2弾です。

 苔、刈り込み、そして見つけることの向こう側。

 僕たちを、森へと誘ってくれる存在たちです。


苔にリスペクトを

 苔と聞くと、山深い原生林や渓流、京都の日本庭園などを思い浮かべる方が多いと思い ますが、じつは街中でも、たくさんの苔が活着しています。
 いちど苔目線になって街を歩いてみましょう。

 きっと思っていた以上に、あんな所にも、こんな所にも活着している苔の多さに驚かれると思います。
 苔は草木とちがって、胞子によって広がります。ミクロ級に小さな胞子は、いつか活着できるかもしれない新天地を求めて、まるでスギ花粉のように大気中をさまよい続けています。

 苔は根を伸ばして水と養分を吸うわけではないので、草木のように間(はざま)から生えるわけではありません。
 ほかの植物では生きていくことが不可能な、いわゆる単なる面の上でもきていくことができます。

 苔は、地球上で最初に地上へ上がってきた植物です。
 そんな陸上植物の最古層たる苔が、今なお現役バリバリで、森はもちろん、街でも生きつづけています。
 うっすらとスプレーがかかっているような淡い緑色があったら、それは活着して間もない苔です。







刈り込みから生えてくる木

 先ほど、草木は間(はざま)から生えてくると書きましたが、例外の場所があります。
それは、車道の路肩や、公園などにある「刈り込み」です。
 この刈り込みの中から、小さな木がちょこんと顔を出すように生えていることが時々あります。
木の実を食べた鳥が、刈り込みの上で排泄をして、その糞に混じっている木の種が、刈り込みの中に落ちて芽吹くのです。人が刈り込みを剪定しなければ、その木はたちまち大きくなります。







見つけるのではなく

 じつは、街の中で森を見つけるには? という言葉は、今回のことを伝えるのに適切 な言葉ではありません。
 それでは、どんな言葉がふさわしいのかというと、それは「 見つける 」「 探す 」の向こう側にある、「 感じること 」です。

 街の中で森を感じることは、探して見つけることよりも、かっこいいことだと僕は思っています。
 感じることができれば、たとえ森の片鱗が実際に現れていなくても、森の全体像を把握することができます。

 ただ、これには多少の経験がいります。
 とにかく、そこが街でも野山でも公園でも、とにかく木が生えている場所へたくさん行って、じっと、木や場所を観察しつづけるのです。
 そうすれば、全く違うと思っていた場所たちが、次第につながりはじめます。
 たとえば、世界自然遺産に指定されている屋久島の原生林に生えている木と、東京都23区内に生えている木では、ざっと思いつくかぎりでも、50は同じ種類の木が生えています。

 いろんな場所へ行き、いろんな木との対面をつづけていると、次第に、街中にいても森を感じられるようになります。

 人間のスキャニング能力と想像力は、僕たちが思っている以上に、スサマジイと思います。
 過去も未来もひっくるめて、あなたの力をフル稼働してみましょう。

 そして、あなただけの美しい森を感じてみてください。たとえあなたがどこにいるとしても。








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三浦豊(みうら・ゆたか)

1977年京都市生まれ。森の案内人、庭師。
日本大学で建築を学んで、庭師になるために京都へ帰郷する。
修行を2年間してから、日本中を巡る長い旅に出た。
2009年の春に京都に帰り、現在は京都府城陽市に住んでいる。

今、ホームページの「日本列島の点」を徐々に増やしている。
点は僕にとって「かけがえのない場所で、いつか日本列島が真っ白になったらいい」と願っている。
よかったら見てやってください。

旅が終わったと言っても、方々へ行きつづけている。それはずっと続けたい。
仕事の傍ら、自宅の庭のお手入れを一人で、人工林のお手入れを仲間とやっている。
古今東西の音楽と落語を聴くのが好き。温泉とラーメンも好き。

三浦豊

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