木のみかた

第31回 どこまでも大きく

2016.06.09更新

 植物が好きな人は、2つのパターンに分かれます。
 小さな草花や苔の生態など、ミクロな世界観で植物を愛でることを好む人と、雄大な風景や巨木など、マクロな世界観で植物を愛でることを好む人です。
 僕は後者のパターンに入ります。
 こんなことを書くと大味すぎて話がすぐに終わってしまいますが、僕が木を好きな理由を一言でまとめると、それは「大きくなるから」です。
 もちろん、人の背丈くらいの高さにしかならなくても魅力的な木は星の数ほどありますが、大きくなる木に、僕は文字通り、より大きな魅力を感じてしまいます。

 今回ご紹介をする木は「 はんぱなく 」大きくなる木です。

 今から27年前の平成元年に、環境庁が行った自然環境保全基礎調査の中で、日本中に生えてい る巨樹の実測調査が実施されました。

 知っている方は少ないと思いますが、じつは巨樹って、ちゃんと数字で定義されています。
 地上から1.3メートルの高さで( 斜面に生えている場合は尾根側から計ります )幹周りが3メー トル以上の木が巨樹とされます。
 そんな巨樹が、この平成元年の調査で、日本中で6万4479本生えていることがわかりました。
 ただし日本は立ち入ることが困難な山深い所がたくさんあるので、実際はこの2倍くらいの本数の巨樹が生えていると僕は思っています。
 それにしてもよく計りましたね。調査員の方々、ご苦労様でした。

 そんな中、日本の巨樹の大きさベスト10も発表されました。日本全国に生えている巨樹のサイズを正確に計測して、統計でまとめたことは歴史上初めてのことだったので、樹木好きや、有名な巨 樹が生えている自治体の関係者たちは、みんな固唾を飲んで結果を待ちました。

 発表されて、みんなは一様に驚きました。ベスト10の巨木の中で、なんと9本の木が、1つの種類だったのです。


 それが今回紹介する木、楠( くすのき )です。

 ベスト10の中で、栄光の日本一の巨樹も、楠でした。
 その木は鹿児島県の蒲生町に生えていて、蒲生の大楠( かもうのおおくす )と名づけられています。サイズはなんと、幹周りが約24メートルもあります。
 僕は26歳のとき、その木に会うために現地へ行きました。
 対面したときは、そのあまりの大きさに、口を半開きにして、ただ呆然と眺めました。







 楠は、10月 ~ 11月になったら黒い実をたくさん実らせます。その実は鳥たちの好物で、彼らが食べた実は果肉だけが消化されて、消化されなかった種を糞と一緒に落とします。

 それが楠の思惑通りで、彼らの子どもは鳥たちによって、そこら中に広がります。

 でも、森の中だったらともかく、街中で落ちても芽吹くことができる楠の赤ちゃんは、ごく少数です。固いアスファルトの上に落ちて、根を出して芽吹くことができずに、ひからびて死んで しまうことが多いのです。

 楠の赤ちゃんの運命は、実を食べた鳥が排泄をする場所次第です。
 街のアスファルトのちょっとした隙間だったり、植木鉢やプランターや公園など、土があるところに落ちることができた楠の実はラッキーです。

 ただ、せっかく芽生えることができても、街中に彼らの安住の地はほとんどありません。ある程度の大きさになったら人に根元から切られてしまいます。
 巨大になることが宿命づけられている彼らにとって、街中で安住の地があるとしたら、寺社仏閣の境内か、大きな公園くらいです。

 街中での、楠と人との関係は昔からそうだったみたいで、家の庭に楠の赤ちゃん が芽吹いたら、その家の住人はすぐに楠の赤ちゃんを根元から切っていたそうです。

 1年中葉を茂らせている楠は、人の日常生活ではとても向き合えない勢いで成長します。
 昔の人はそのことをよく知っていたので、大きくなる前に、ささっと根元から伐ることが常識とされていました。
 我が家の庭どころか、敷地いっぱいに枝葉を広げられて、家も庭も全てが楠の日陰になってしまったら( しかも季節に関係なく1年中 )僕だって毎日が鬱々としてしまいそうです。

 そのために、大きな楠が生えているのは街中でも寺社仏閣くらいでした。
 楠のエネルギーを受け止めることができるのは、神仏くらいだったのですね。

 街中で芽吹いたばかりの小さな木は、人にそれが楠だと気づかれるにしても、気づかれないにしても、大きくなる前に切られ続けています。


 それでも楠の赤ちゃんたちは、毎年春になる度に、街のどこかで芽吹きつづけています。











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三浦豊(みうら・ゆたか)

1977年京都市生まれ。森の案内人、庭師。
日本大学で建築を学んで、庭師になるために京都へ帰郷する。
修行を2年間してから、日本中を巡る長い旅に出た。
2009年の春に京都に帰り、現在は京都府城陽市に住んでいる。

今、ホームページの「日本列島の点」を徐々に増やしている。
点は僕にとって「かけがえのない場所で、いつか日本列島が真っ白になったらいい」と願っている。
よかったら見てやってください。

旅が終わったと言っても、方々へ行きつづけている。それはずっと続けたい。
仕事の傍ら、自宅の庭のお手入れを一人で、人工林のお手入れを仲間とやっている。
古今東西の音楽と落語を聴くのが好き。温泉とラーメンも好き。

三浦豊

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