木のみかた

第33回 変えていきます

2016.07.07更新

 「どの木が1番好き?」と、たまに聞かれます。「一番好きな森は?」と聞かれるのと同じくらい答えに困る質問です。

 好きかどうかはわからないけど、「どの木が一番共感できる?」という質問には答えることができます。まあ、そんなマニアックな質問をされたことはないですけどね。

 僕が一番共感できる木、それは、山桑( やまぐわ )です。
 今では知っている人は少なくなりましたが、この木の果実はおいしいです。 赤や黒に色づく果実には、近づいてよく眺めてみると、甘みが詰まった小さな粒が無数にくっついています。







 人と鳥の味覚は似ているところがあるのか、この果実は鳥にも人気です。とくに黒くなったものが甘くて美味しいので、その実から食べられてしまいます。
 鳥は果実の中の甘い果肉だけを消化して、消化されない種をあちこちに排泄するので、山桑の若木は、街中でもいろんな場所に芽吹きます。


 ここまでは他の木にもよくある特性ですが、ここからが山桑のすごい所です。
 山桑は葉っぱの形を変えるのです。


 卵形みたいに丸かったり、切れ込みが深く入っていたり、左右非対称のいびつな形に切れ込みが入っていたり。
 その葉っぱの変わり具合はなんとなく落ち着きがなくて、まるで試行錯誤の連続のように思えてきます。

 その様子を眺めていると、僕はよく思います。「 これはまるで僕みたいだ 」と。







 なぜ葉に多様な切れ込みがあるのかには、ちゃんとした理由があります。
 それは「 風を強めるため 」です。


 木は二酸化炭素を体に取り込んで光合成をします。
 しかし植物である彼らは、僕たち人間みたいに息を吸って、空気を自分の体内に取り込むことができません。風が吹いて自分の体に当たらないと、空気の中の二酸化炭素を取り込むことができないのです。


 山桑の背丈が低ければ低いほど、葉っぱの切れ込みは深くなります。そして彼らの体が大きくなるにしたがって、葉っぱの切れ込みは徐々に浅くなっていき、やがて卵形のように完全に丸くなります。


 若くて小さな山桑は、十分に大きくなった山桑よりも活発に光合成をして、いち早く大きくなる必要があります。なぜなら背丈が低い山桑には、まわりに光を奪い合うライバルの草木がたくさんいるからです。


 葉っぱに切れ込みを入れると、狭くなった切れ込みには、風がより強い風速で通り抜けるようになります。それはビルの谷間や地下鉄の駅の通路など、狭まった所には風が強く吹く原理と同じです。
 若い山桑は、自分の葉に当たる風速を少しでも強めて、より多くの二酸化炭素を体の中へ取り込もうとします。
 それをわかってから彼らを眺めると、なんだか愛しくなります。

 山桑には、もう1つ大きなエピソードがあります。
 
葉っぱが蚕(かいこ)の餌になるので、養蚕(ようさん)をするのに山桑は欠かせない木だったということです( 山桑と近縁の中国原産の桑(くわ)も蚕の餌になりました )。



 養蚕は中国で生まれて、日本でも紀元前200年頃から営まれてきたと伝えられています。
 日本の養蚕は最盛期が昭和4年(1929年)頃で、その頃の養蚕農家はなんと、日本全国に約220 万軒もあったといいます。
 養蚕農家さんたちには、1軒ごとに「 マイ山桑・マイ桑 」が家の近くに生えていて、きっとその木を家族の一員みたいに愛でていたのだと思います。


 ちなみに近年の養蚕農家の数は1000軒を下回っています。 急激に減った養蚕農家に呼応するように、家のすぐ近くで育てられていた山桑や桑も激減しま した。

 それでも山桑たちは、街中でトリッキーに芽生えつづけ、葉の形を変えながら生きつづけています。















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三浦豊(みうら・ゆたか)

1977年京都市生まれ。森の案内人、庭師。
日本大学で建築を学んで、庭師になるために京都へ帰郷する。
修行を2年間してから、日本中を巡る長い旅に出た。
2009年の春に京都に帰り、現在は京都府城陽市に住んでいる。

今、ホームページの「日本列島の点」を徐々に増やしている。
点は僕にとって「かけがえのない場所で、いつか日本列島が真っ白になったらいい」と願っている。
よかったら見てやってください。

旅が終わったと言っても、方々へ行きつづけている。それはずっと続けたい。
仕事の傍ら、自宅の庭のお手入れを一人で、人工林のお手入れを仲間とやっている。
古今東西の音楽と落語を聴くのが好き。温泉とラーメンも好き。

三浦豊

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