木のみかた

第34回 日本トロピカル代表

2016.07.23更新

 夏が来るたびに思います。この暑さはおかしいと。
 とくに僕が住んでいる京都は、盆地特有の湿度の高さも手伝って、毎年うだるような暑さにな ります。
 地球温暖化については様々な見解があるので何とも言えませんが、僕が生まれた頃(35年くらい前)と比べると、街の気温が確実に高くなってきているのを感じます。

 ところが、そんな身の危険を感じるような暑さの中で、ギラギラした日差しをいっぱいに浴びながら元気いっぱいに生えている木がいます。
 そんな姿を見ていると畏敬の念が湧いてきます。
 僕たち人間の上を行っているなと、羨望の眼差しで彼らを見上げてしまいます。

 蒸し暑くなった街の中でも元気いっぱいに生きて、「 もっと暑くなっても何も問題ないよ 」と涼しげに語りかけてくるような木々の自生地を辿ってみると、やっぱり南の地方が起源の木ばかりです。

 今回紹介をする木は、見た目からして南方系の姿をしている「 棕櫚(しゅろ) 」です。







 それもそのはず、棕櫚(しゅろ)はヤシ科ヤシ属、正真正銘のヤシです。
 しかも世界中のヤシの中で、もっとも寒い環境でも生きていくことができる、寒さ最前線に生きているヤシでもあります。
(ヤシが木なのかどうかは諸説ありますが、ここでは木にさせてもらいます)

 棕櫚(しゅろ)の幹には、他のヤシと大きな違いがあります。
 ヤシの幹はつるっと滑らかなのに対して、棕櫚の幹は茶色くて堅い毛におおわれています。毛が防寒の役割を担っていると僕は推理しています。
 じつはその毛に、僕たちはたくさんお世話になっています。束子(たわし)や、ホームセンターで売っている棕櫚縄(しゅろな)は、棕櫚の堅い毛から作ります。
 束子はその堅いブラシで、あらゆる汚れを強力に削り落とします。
 棕櫚縄は、結んだらよく締まり、耐久性も高くて土にも還る優れものです。世間的にはそれほど認知されていませんが、庭に携わる人(庭師など)からは高い支持を得ています。

 棕櫚は、とくに東京から西にある街中には、ごく自然に芽生えてきます。日陰で湿度が高い場所を好むようですが、わりとどこにでも芽生えて、まっすぐに成長していきます。鳥の好物の黒い果実をたくさん実らせるので、果実を食べた鳥の排泄によって実が落とされて、街中でもそこら中 に芽生えます。







 棕櫚の故郷は中国南部の亜熱帯で、昔から庭木として植えられることはあっても、自然に増えることはありませんでした。彼らは日本の寒い冬を越すことができなかったのです。
 棕櫚が自然に芽生えるようになったのは戦後の高度成長期からで、街の気温が高くなった頃と重なります。

 僕は日本全国で森の案内をしていますが、とくにホームグラウンドと言いたくなるような大好きな場所がいくつかあります。
 その中の一つが、東京都港区にある目黒自然教育園です。
 江戸時代には大名屋敷だった東京ドーム4個分の敷地は、今は鬱蒼とした森に覆われています。
 たとえ街中でも、自然のままにしているとどんな森になるのか、ということを示してくれている、 すばらしい場所です。
 今では森全体が国指定の天然記念物に指定されていて、厳重に保護されています。

 そんな東京の街中に残る貴重な森の中で、圧倒的なまでに増えている木が、棕櫚です。
 江戸時代や戦前はもちろん、1949年に自然教育園として一般公開された頃には1本も生えていなかったのですが、2010年には2324本に急増しました。
 園内の一角には、まるでターザンが出てくるジャングルのような、棕櫚だらけの場所があって、そのトロピカルな雰囲気には軽く目眩を覚えるくらいです。

 昔の日本人が、棕櫚が自由に次々と芽生えてくる今の日本の市街地を見たら、腰を抜かすと思います。
 もはやそこは、亜熱帯なのかもしれません。なんといっても野生のヤシが自生しているのですから。







 棕櫚のもう一つの特徴は、圧倒的なまでの体の重さです。
 一度、伐採した棕櫚を運んだことがありますが、その重さには驚かされました。棕櫚は3メートルくらいの高さだったのですが、僕1人では到底持ち上がらなくて、男性3人で掛け声をかけあって、ようやく持ち上がったくらいでした。

 まっすぐに伸びる幹は、その重さを生かして、お寺の鐘を突く棒として使われています。

 世界でもっとも耐寒性の高いヤシは、故郷から遠く離れた北国の日本で大活躍中です。







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三浦豊(みうら・ゆたか)

1977年京都市生まれ。森の案内人、庭師。
日本大学で建築を学んで、庭師になるために京都へ帰郷する。
修行を2年間してから、日本中を巡る長い旅に出た。
2009年の春に京都に帰り、現在は京都府城陽市に住んでいる。

今、ホームページの「日本列島の点」を徐々に増やしている。
点は僕にとって「かけがえのない場所で、いつか日本列島が真っ白になったらいい」と願っている。
よかったら見てやってください。

旅が終わったと言っても、方々へ行きつづけている。それはずっと続けたい。
仕事の傍ら、自宅の庭のお手入れを一人で、人工林のお手入れを仲間とやっている。
古今東西の音楽と落語を聴くのが好き。温泉とラーメンも好き。

三浦豊

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