木のみかた

第37回 駆け抜けるチーム・ヤマウルシ

2016.09.08更新

 あるイギリス人の素朴な疑問を人づてに聞いたことがあります。
「よく日本人が、私の国の広い原っぱを見て喜んでいるんだけど、あんなに単調な場所のどこが良いんだろう? 聞けば日本には、とっても豊富で多様な草木が生えているらしいね。そのほうが単調な原っぱよりも、よっぽど魅力的だと思うんだけど」

 たしかに、広い原っぱが好きな日本人は多いと思います。
 僕もそうです。まるで芝生みたいな草原が、地平線まで果てしなくつづく光景に憧れています。 森の案内人をやってはいますが。
 一度そんな大草原を、ただひたすらに歩いてみたいです。

 でも日本には、北海道東部の酪農地帯を除いてそんな場所はほとんどありません。
 そして湿原と高山帯以外では、自然のままの状態で草原になる場所もありません。
 たしかに街中にも、ちょっとした空き地や河原に草原はあります。でもそこは、すべて人が草刈り(火入れ)をすることによって草原でありつづけています。

 それでは草原に人が手を入れなければ、そこは数年以内にどうなるでしょうか?
 もれなく、いろんな木が生えてきます。
 そんな中でも今回は、草原で草刈りを止めた途端に必ず生えてくる木を紹介します。

 それは、山漆(やまうるし)、山櫨(やまはぜ)、白膠木(ぬるで)の3種類の木です。
 3種類ともウルシ科の木で、姿がよく似ているので、チーム・ヤマウルシと僕は呼んでいます。

 名前の通り樹液から漆が採れたり、和蠟燭(わろうそく)やお歯黒の原料になったり、人間は彼らから様々な恵みを太古からいただいて来ましたが、彼らの外見上の大きな特徴は、その葉っぱの付き方にあります。







 1本の細い枝先に細かい葉が整然と並んでいるように見えますが、じつは1枚の葉っぱです。
 その証拠に、晩秋になると細い枝先だと思っていた部分が、付け根からポロリと落ちます。つまり落葉です。

 このような姿の葉っぱは、まるで羽のように見えるので羽状複葉(うじょうふくよう)と呼ばれています。
 大きな葉っぱに切れ込みをたくさん入れた結果、小さな葉が整然と並んでいるように見えるのです。
 チーム・ヤマウルシの木々は、ある意図を持って、葉に細い切れ込みを作っています。

 その意図をお伝えする前に、光合成のことを説明させてください。

 木は、「日光」、「水」、「二酸化炭素」を体内へ取り込んで、光合成を行いながら生きてい ます。
 取り込むといっても、植物は動物とちがって即座に動くことができないので、基本的には受け身です。
 「日光」は空から絶え間なく注がれ、「水」は葉っぱから蒸散させることで地中の根から自動的に吸い上げられる仕組みになっていて、「二酸化炭素」は風と共に体内へ入ってきます。

 体内へ入ってくる「日光」と「水」を増やすことは、生えている場所次第なので難しいですが、 風と共に入ってくる「二酸化炭素」は、工夫次第でよりたくさん取り込むことができます。
 強い風が吹くか、弱い風が吹くかは風次第です。
 でも葉を風に揺れやすくすれば、同じ風速でも、風がより強く吹いていることになって(風が吹かないなら走れば良い、と同じ理屈です)、より多くの二酸化炭素を体の中へ取り込むことができます。

 それではどのようにして、葉を風に揺れやすくしているのでしょうか?
 たとえば、高層ビルの谷間を歩いているときや、地下鉄の地上出口付近などで、強い風が吹き付けていることがありますよね。空間が狭まると、その分、風速が強くなります。
 つまり、チーム・ヤマウルシの羽状複葉は、葉に細い切れ込みを入れていることで、ちょっとした弱い風を強い風に変えて、自分の葉を揺れやすくしているのです。

 体感風速を最大限に強くさせて、体に二酸化炭素をできるだけたくさん取り込んで、チーム・ヤマウルシは活発に光合成を行います。そして可能なかぎり、早く大きく成長しようとします。
 彼らのライバルは草たちです。草たちよりも早く大きくなることを至上命題にしているのです。
 そのために素早く大きくなって、花を咲かせて、実を実らせて子孫を残す、駆け抜けるような生涯を送ります。

 また彼らは、秋になったら葉を紅葉させて落とします。
 秋は太陽光が弱まって寒くなるため、光合成をしても割に合わないと判断して、来年の春まで 休眠をとるのです。
 彼らがどれだけ活発な光合成をしてきたのかを物語るような、ド派手な紅葉を秋に見せてくれるのもチーム・ヤマウルシの特徴です。その紅葉の美しさから、漆紅葉(うるしもみじ )と呼ば れてきました。







 木は人とちがって悠久の歳月を生きていると思っている人は多いと思います。でもチーム・ヤマウルシたちの寿命は数十年です。生えている場所が暗くなったら、すぐに枯れてしまいます。

 強い日差しを浴びて、葉っぱを風に揺らしながら、彼らは生涯を駆け抜けます。






お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

三浦豊(みうら・ゆたか)

1977年京都市生まれ。森の案内人、庭師。
日本大学で建築を学んで、庭師になるために京都へ帰郷する。
修行を2年間してから、日本中を巡る長い旅に出た。
2009年の春に京都に帰り、現在は京都府城陽市に住んでいる。

今、ホームページの「日本列島の点」を徐々に増やしている。
点は僕にとって「かけがえのない場所で、いつか日本列島が真っ白になったらいい」と願っている。
よかったら見てやってください。

旅が終わったと言っても、方々へ行きつづけている。それはずっと続けたい。
仕事の傍ら、自宅の庭のお手入れを一人で、人工林のお手入れを仲間とやっている。
古今東西の音楽と落語を聴くのが好き。温泉とラーメンも好き。

三浦豊

バックナンバー