喫茶店入門

第1回 なぜ今「喫茶店入門」なのか?

2009.08.21更新

90年代半ばに起こった「カフェブーム」。多くの方にとって、まだ記憶に新しいところでしょう。

まちなかにお洒落なカフェがどんどんできて、雑誌ではカフェ特集が組まれ、カフェ開業本が数多く出版され、料理専門学校にカフェコースができて、そしてカフェはさらに増えていきました。
カフェという言葉はいつの間にかこの国に定着し、郊外にもどんどんお店が増えていきました。

しかしながら、ブームから数年経つと、お店をオープンしても続けていくのは簡単なことではない、と多くの人が気付いてきました。お店を始めてから2年、3年で閉めてしまったお店もいっぱいあります。
でもカフェをやりたい人は今でも一杯いて、新しいお店もどんどん登場しています。不況といわれる昨今ですが、この傾向はまだしばらくは続いていきそうです。

ところで、70年代前後にも「喫茶店ブーム」があったということを、みなさんはご存知でしょうか?

この時期、日本では喫茶店が驚異的に増えています。66年には2万7千店だった日本の喫茶店数は、81年には15万5千店と、この15年間で5.7倍にふくれ上がっているのです。 

この時期に特に増えたのは、コーヒー豆を自家焙煎して、一杯ごとに淹れたてのコーヒーを提供する「珈琲専門店」です。担い手となったのは元サラリーマン。喫茶店の方が収入も良く、うまくいけば2店目、3店目を出店することもできる。そんな夢に多くの人が飛びつき、脱サラをして喫茶店を開業しました。折しも起こったオイルショックが、この流れを後押ししました。

あだち充の80年代の人気漫画「タッチ」の中で、主人公・浅倉南の父親は「COFFEE南風」という喫茶店を経営していましたが、あれはすぐれて70年代的な光景です。「南風」は高校への通学路に面した住宅街の中にありましたが、それ以前には、喫茶店は住宅街に作るものではなかったのです。

このブームは、80年代の初めまで続きましたが、その後喫茶業界はセルフコーヒーの登場とバブル期の地価高騰のあおりを受けて、だんだんと凋落していきます。87年には雑誌「ユリイカ」で「喫茶店 滅びゆくメディア装置」という特集が組まれています。

こうした凋落の時代の後、90年代半ばになって突如、カフェブームは訪れています。

僕自身は2004年から、大阪・キタの中崎町で、「common cafe(コモンカフェ)」というお店を運営しています。店主が日々入れ替わり、毎日違う人がお店に立っているという、一風変わったスタイルのお店です。

ここでは、カフェをやりたい、教室を開きたい、演劇・音楽・アートなどの表現活動に関わりたい、という数十名の運営メンバーたちが、一つの空間をシェアすることで、週一回、月一回のペースで「自分のカフェ」を形にしています。

コモンカフェには、お店での稼ぎで生計を立てている人がいないため、それほど多くの売上を上げていなくても経営を続けていくことができます。またお店に入る人が多く、それぞれが知り合いを呼ぶことで、自然と多くの人にお店を知ってもらえる、というメリットがあります。

一方で、店主が日々入れ替わるため、普通のお店とは違った難しさがあります。常連のお客さんはなかなかつきませんし、地域の人たちとの関係性を築いていくのも大変です。

コモンカフェを始めてからそのことに気付いてしまったので、僕は「お店とは何か?」ということを、普通の店主以上に意識するようになりました。そしていろいろなお店に足を運び、店主に話を聞いたり、いろいろな本を調べたり、という営みを繰り返してきました。そしてそこで見えてきた方法論を、コモンカフェに活かすようにしてきました。

今、喫茶店やカフェを巡っていて面白いのは、3つの世代の経営者からぎりぎり話を聞くことができる、ということです。
それは70年代の喫茶店ブーム以前にお店を始めている人、喫茶店ブームに乗ってお店を始めた人、そして90年代のカフェブーム以降にお店を始めた人です。

この3世代はお店を出すモチベーションがそれぞれ違います。おおざっぱに言ってしまうと、「食べていくため」「儲かるから」そして「やりたいから」です。そしてそのために、経営に対する哲学や方法論が違っています。

話題になる、流行るお店にしたいのであれば、今の時代に流行っているお店を参考にするのがいいでしょう。
でも、お店を長く続けていくことを主眼に置くなら、今のカフェよりも現に何十年も続いてきたお店の方法論の方に、説得力がありそうです。
また、自己表現としてお店をやりたいのであれば、今のカフェ開業本にあるような、勝ち組になるための方法論とはまた違った、どうにか維持していくための方法論が求められそうです。

僕は今「喫茶店入門」という本を、書こうとしています。

ここでやろうとしているのは、さまざまなお店の現場の人たちが持っている方法論を集めて、今の時代のカフェや喫茶店の経営を考え直してみるという試みです。「お店をやりたい」という人たちの前向きな気持ちが、現実に押し潰されてしまわないための方法論を、ここで示すことができればと思っています。

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山納洋

1971年西宮市生まれ。93年に大阪ガスに入社。神戸アートビレッジセンター、扇町ミュージアムスクエア、扇町インキュベーションプラザでの勤務を経て、現在は大阪21世紀協会において文化プロデュースの仕事につく。一方で、トークサロン企画「扇町Talkin’About」(2000~)、日替わりマスターによるバー空間維持活動「Common Bar SINGLES」(2001~)、表現空間としてのカフェの共同維持活動「common cafe」(2004~)などをプロデュースしている。

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