喫茶店入門

今の時代のカフェや喫茶店の経営に、必要な考えとは何なのか?
「お店をやりたい」という人たちの前向きな気持ちが、現実に押し潰されてしまわないための方法論。

第2回 なぜお店をやめてしまうのか?

2009.09.03更新

お店をオープンさせるための方法については、すでに多くの人が、多くのことを語っています。
カフェ開業本を読んでみると、事業計画書の書き方、物件の見つけ方、メニューの組み立て方などが、お店をオープンさせたオーナーの実例とともに、しっかりと紹介されています。
ですが、お店を閉めた人が、なぜお店を閉めるに至ったかについて書かれたものは、なぜかほとんど見かけません。

一般の方は、お店が閉店したという話を聞くと、「ああ、儲からなかったのか」と単純に思ってしまいがちです。
もちろん、思っていたよりお客さんが来なかった、十分な利益が出なかったという、経営に対する見通しの甘さがベースにあることが多いのですが、実際に閉店したカフェの話を聞くと、単に経済的な理由だけでは、お店を閉めるという決断をしていない、ということが分かります。

自分の夢を実現してお店を出したオーナーには、プライドがあります。またお店の経営は、始めてすぐに軌道に乗るわけではありません。
だから普通は、経済的な理由だけで、すぐにお店を閉めたりはしません。
借金をしたり、外に働きに出たりしながらでも、お店を持たせようとするものです。

では、なぜせっかく始めたカフェをやめてしまうのでしょう?
そこで見えてくるキーワードの一つは「想定外」です。

たとえば、忙しすぎて体を壊してしまう、ということがあります。

カフェの仕事には、開店前には買い出しと仕込み、閉店後にも片付けと翌日の仕込みなどがあり、かなりの長時間労働になります。
本業を別に持ったまま、育児と並行して、という人もおられますが、実際はかなり大変です。また、お店で十分な稼ぎが出ないために営業時間外に働きに出るようになると、体に相当無理がかかってきます。

さらにカフェでの作業には、ホイッピングで肘を痛める、重い物の持ち過ぎで手首を痛める、長時間の立ち仕事で腰を痛める、といった職業病があります。また睡眠不足が続くと、自律神経に失調を来すこともあります。無理な状態で働き詰めたことで、体を壊してお店を閉めてしまうという話もしばしば聞きます。

また、お客さんから受けるストレスで、お店が続けられなくなることもあります。

毎日のように足を運んでくれるお客さんは、お店にとってとてもありがたい存在です。
ですが、そうしたお客さんの中には、いくらか〝しんどい人〟が混じることがあります。

お店には、どこか野戦病院のような要素があります。日々の生活で疲れ、悩み、傷ついた人たちにとっての癒しの場です。中には、仕事上のグチからプライベートの関係まで、悩み全般を店主に相談する人も出てきます。
そして店主には、カウンセラー的な役割が求められます。そのため店主にはお客さんが持ち込むマイナスを引き受け、プラスに転化していく強さも必要なのですが、店主自身がそのマイナスにやられてしまう場合も、往々にしてあるのです。

また、近隣からの苦情や嫌がらせによって、お店を閉める、または移転せざるを得なくなる、ということも起こります。

コモンカフェがある中崎町には、戦災を免れた長屋が建ち並んでいます。
この町には、古民家を改装したレトロな雰囲気のカフェや雑貨店・洋服店などが増えてきていますが、住宅が密集しているため、騒音の苦情を受けることもよくあります。特に長屋は壁が薄く、梁を通して音が伝わりやすいため、小さな音でも近隣の住民の迷惑になります。そのためほとんどのお店は昼間のみ営業していて、夜間営業やライブイベントなどは自粛しています。

築100年になる倉庫を改修したあるカフェでは、通常の営業をしていただけで、隣人が毎日のように怒鳴り込んでいました。店の窓ガラスを割って警察が来る騒ぎになったこともあり、一時は調停沙汰になっていました。結局このお店は大家側の都合で退去せざるを得なくなり、中崎町の別の場所に移転しています。

このように、店主が想定していなかった状況によって、お店の継続をあきらめたというケースは結構多いものです。逆に言えば、お店をやっているとこういうことが起こり得る、ということをあらかじめ知っていれば回避のしようもあるわけです。

そしてもう一つのキーワードは「短距離走」です。

カフェを始めようという人の多くは、そんなに先のことまでは考えずに、開業に踏み切っているものです。実際にカフェを開業した人に聞いてみても、「とりあえず3年から5年」と考えていた、という人は結構います。実は僕も、そうでした。
 
初めてお店を出そうという時には、「今飛ばなければ、自分はこのまま一生飛べないで終わるかもしれない」という強迫観念に突き動かされることがあります。とにかく開業することが目的になり、その先は「とりあえず3年から5年」という曖昧なビジョンのまま、走り出してしまうのです。

今の時代にお店を始めるには、かなりのプロデュース能力と熱意が必要です。やりたい、という強い気持ちがあるからこそ、苦難を超えて開業に漕ぎつけることができるわけですが、やりたい気持ちだけでスタートさせたお店は、モチベーション・クライシスという爆弾を抱えています。開業後の現実を目の当たりにした時、他にやりたいことが見えてきたときに、お店を続けていこうという気持ちが萎えてしまうのです。

一昔前の人たちの多くは「食べていかないといけない」からお店を始めています。だからこそ、かえって気持ちの浮き沈みに振り回されることなく、お店を続けていくことができたのです。

「やりたい」から始まったお店。そのお店を安定して続けていくためには、どこかで「やらなければいけない」「やることになっている」へと気持ちシフトさせることが、必要なんでしょうね。

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山納洋(やまのう・ひろし)

1971年西宮市生まれ。93年に大阪ガスに入社。神戸アートビレッジセンター、扇町ミュージアムスクエア、扇町インキュベーションプラザでの勤務を経て、現在は大阪21世紀協会において文化プロデュースの仕事につく。一方で、トークサロン企画「扇町Talkin’About」(2000~)、日替わりマスターによるバー空間維持活動「Common Bar SINGLES」(2001~)、表現空間としてのカフェの共同維持活動「common cafe」(2004~)などをプロデュースしている。

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