喫茶店入門

第5回 「やりたいこと」と「やってほしいこと」

2009.09.25更新

さて、ひとつ質問です。

みなさんは、3坪か5坪ぐらいの、こじんまりしたカフェに入れますか?
入るのに抵抗があるという人は、結構多いのではないでしょうか?

お店を始めようという人にとって、席数が10席程度、家賃が月3万から5万ぐらいの小さなお店は、一人で無理なく経営していける、ハードルの低いお店のように思えます。

ですが、こういうお店で経営を成立させるのは、実はかなり大変です。

お客さんの心理は、坪単価と床面積の関数として、単純に割り切ることはできないのです。


小さなお店では距離が近くなるため、店主と何らかのコミュニケーションを取ることになります。知り合いであれば気軽に入れますが、そうでなければ入りにくいものです。また話をする気分でなければ立ち寄ることはないでしょう。

またお店が小さすぎると、話す内容が店主や他のお客さんに聞こえてしまうため、大事な話をすることはできません。席数が少ないために店内がすぐに一杯になり、入りたくても入れない、ということも起こります。

つまり、こうしたお店では、お客さんが持っているニーズの幾つかをとりこぼしてしまうのです。

ビジネスの世界では、新しい商品や製品を開発するときに「シーズ発想」と「ニーズ発想」という二つの考え方をします。

「シーズ(=種)発想」とは、「自分が持っている技術や素材を、どうすれば商品にできるだろうか」と、自分視点から始める発想法です。

喫茶店やカフェの話でいえば、専門学校で料理を学んだ、パティシエの修業を積んだ、コーヒー豆の焙煎・抽出について研究を重ねてきたという人が、その技術を強みにお店を始める、というのがこれに当たります。「自分が売れるもの、売りたいものを売る」というのが、その基本スタンスです。


一方の「ニーズ(=需要)発想」とは、「お客さんにはこんなニーズがあるが、それを解決できる商品、サービスはないか?」と、お客さん視点から始める発想法です。

お客さんが何を求めているのか、お店をどのように利用しているのかに敏感になり、それに応えるように商品やサービスを考えるのがこれに当たります。「お客さんが求めるものを提供する」というスタンスです。


お店を「シーズ」から始める時には、注意すべき大きなポイントがあります。
それは、お客さんのニーズからずれた商品やサービスを提供してしまう、という失敗です。

やりたい気持ちが先に立った時には、自分がお客さんの時には分かっているはずのことが、往々にして見えなくなってしまいます。こうした失敗を防ぐためには、お客さんの目線を常に意識することが大事です。


コモンカフェのランチ営業を日々見ていると、はっきりと分かることがあります。

それは、カレー、パスタといった、喫茶店の定番メニューを出せば、お客さんが入る、ということです。
これは、中崎町のお客さんがカレー好き、パスタ好き、ということではありません。
カレーやパスタは誰にとってもイメージしやすい、ということなのです。


一般的なお客さんは、知らないお店に入った時には、分からないものを注文して失敗するよりも、自分がイメージできるものにしておこうという、保守的な選択をします。いくつかあるお店の中で、どこに入るかを選ぶ時もそうです。誰かと一緒の時には、なおのことそうでしょう。「ここ面白そう!」よりも「ここなら失敗しなさそう」というお店を選んでいるのではないでしょうか?


シーズな人の多くは、自分がこれまでに経験してきたものの中から、メニューのイメージを作り上げています。それは学校や料理教室で学んだレシピであったり、海外に行って偶然入ったお店で出会った一品であったり、自分で研究して作り出したオリジナルであったりします。そこにはその人が培ってきた"こだわり"が凝縮されています。

ただ、そうしたこだわりは、一般的なお客さんのイメージやニーズのいくらか先を走っています。そしてそのこだわりが、創作系の手の込んだ料理や小洒落たメニューに向かった場合には、お客さんになかなか受け入れられない、ということが起こります。

実際、カレー・パスタ・オムライス・ハンバーグなどの定番カフェメニューを、調理法や技術、具材やソースや味付けなどでアレンジして美味しくした方が、当面の集客にはつながります。

似たような話で、「昼間からワインを飲んでもらえるカフェ」をやりたい、という人によく出会います。

ですが、こういうお店は「昼ワイン」を後ろめたく感じない人たちのいるエリアでないと、なかなか成立しません。

また本場さながらに、出勤前にエスプレッソを楽しんでもらおうと早朝から開けていたイタリアンバールが、結果定着せずに朝10時、11時オープンに遅らせたというケースもよく見られます。

自分がいいと思っているものを、こだわりを持って提供する。そうすれば、お客さんは自然についてくる。お店を始める時には、そう考えがちです。

しかしながら、新しい世界を知り、それを吸収し、そこにこだわりを持った店主の提案が受け入れられるまでには、お客さんが価値観を共有するようになるまでの時間と、十分な普及活動が必要です。このタイムラグこそが、明治時代の「可否茶館」に通じる「ロマンチストのジレンマ」なのです。


自分のこだわりをいったん横に置いて、お客さんが今どういう状況にあるのか、どんなニーズを持っているのかを整理してみることは、お店の経営を考える上で大事なことです。


一方で、まったく逆のことを言います。

今お店に来ているお客さんのニーズにどこまで合わせるべきか、という視点も大事です。

お店を続けていると、「コーヒーチケット置かれへんの?」「スポーツ新聞ないの?」「カレンダー貼らしてくれる?」といった常連のお客さんの要求もやって来ます。こうしたニーズを拾いすぎてしまうと、お店のコンセプトがどんどん崩れてきます。そしてそのうちに、自分は一体何のためにお店がやりたかったのかが、見えなくなってしまいます。

多くのお客さんのニーズを拾い続けることで〝便利なお店〟になることはできても、それだけでは〝特別なお店〟になることはできません。


お客さんのニーズに応えるということは、お客さんがすでにイメージできているものを提供する、ということです。それとは逆に、お客さんがそれまで気付いていなかった魅力を提示し、それを受け入れてもらうことができれば、そのお店はオンリーワンの存在になります。自分のこだわりを前面に出し、それを突き詰めた先に簡単に真似できないもの作り上げるという差別化は、お店がすでに飽和している今の時代には有効な方法なのです。


「やりたいこと」と「やってほしいこと」。

これからの時代にお店を続けていくための鍵は、この両者の微妙なバランスの上にあります。

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山納洋(やまのう・ひろし)

1971年西宮市生まれ。93年に大阪ガスに入社。神戸アートビレッジセンター、扇町ミュージアムスクエア、扇町インキュベーションプラザでの勤務を経て、現在は大阪21世紀協会において文化プロデュースの仕事につく。一方で、トークサロン企画「扇町Talkin’About」(2000~)、日替わりマスターによるバー空間維持活動「Common Bar SINGLES」(2001~)、表現空間としてのカフェの共同維持活動「common cafe」(2004~)などをプロデュースしている。

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