喫茶店入門

第6回 なぜこのお店はここにあるのか?

2009.10.09更新

1970年代に外食産業が発展するまでは、飲食店の立地は基本的には繁華街や商店街のように人が集まる場所か、はっきりとお客さんが見込める場所に限られていました。今でも人の出入りの少ないエリアにあるお店は、近隣にいる、顔の見える人たちによって支えられています。そうした場所では、地域の人たちに受け入れられなければお店は成立しません。

喫茶店やカフェを開業しようと物件を見て回ったときに、お洒落なビルやレトロな古民家などに出会い、その物件に対して一目惚れしてしまうことがあります。そしてそこでお店を始めることに、意識が集中してしまいます。

しかし、地域のことを知らずに〝カット・アンド・ペースト〟的発想でお店を立ち上げるのは、かなり危険です。自分のイメージだけで完結した、地域のニーズとかけ離れてしまっているお店を出してしまうと、お店は地域に根付かず、長く続けていくことはできません。

お店が地域にあるということは、そのお店を支えるお客さんが存在するということです。そしてお店の立地について考えることは、その地域のニーズを把握する作業でもあります。
繁華街・オフィス街・学生街・商店街・住宅街・郊外・・・こうしたエリアにはそれぞれ異なる文脈や関係性があります。自分がお店を出そうと思っている場所には、どんな形態のお店なら成立するのかをしっかりと考えることは、出店を決める際にとても重要なことです。


長く続いているお店のフィールドワークをしていると、地域のニーズ、必然の上に正しく乗っているところに出会うことがありますが、そうしたお店からは、まちの事情がよく見えてきます。

西宮の卸売市場と、国道を隔てたところにある喫茶店。
このお店は、早朝4時にオープンして、昼の12時にはお店を閉めています。
お客さんは卸売市場にやって来る仲買人と小売店の人たち、トラックの運転手などで、仕事の合間にコーヒーを飲んだり、モーニングを頼んだりしています。これといった特徴のないお店ですが、母親の代から50年この地で営業しています。ただ最近では、お客さんが少なくなってきているそうですが。

商店街の喫茶店も朝早くから営業しています。開店の準備を済ませた商店主も朝早くからのお客さんですが、近くに住む長年の常連客たちも、高齢化するにつれて早起きになり、もともと午前8時に開けていたお店が午前6時に開けるようになったという話も聞きます。

歓楽街である北新地には、夕方4時から午前3時まで営業している喫茶店があります。夕方5時頃に行くと、出勤前のホステスが次々にお店に入って来ます。同伴出勤に使われるお店ではないため男性客は少なく、お店の内装にはこだわりがほとんど感じられません。にもかかわらず、このお店はよく流行っています。スナックのママと若いホステスが打合せをしていたり、出勤前のホステスがサンドイッチなどの軽食をとっていたり、せっせと化粧をしていたりします。近所のお店から定食やサンドイッチの出前がひっきりなしに入り、ホールの女の子が愛想良くてきぱきと動いています。

夜の時間帯に行ってみると、お店のマネージャーとチーママが若いホステスの評価をしていたり、他のお店に引き抜かれるホステスをチーママが諫めていたりというシーンに出会います。この喫茶店は、スナックの会議室・応接室・控室としての役割を果たしているのです。

「なぜこのお店はここにあるのか?」「なぜこのお客さんはここにいるのか?」いろんなお店を見ながら、この感覚を研ぎ澄ませておくことは、出店に際して大きく失敗しないために大事なことです。


ただし、最近では、立地の持つ意味合いはずいぶん変わってきています。
なかでも特徴的なのは、あえて交通の便の良くない片田舎や山間地、半島の突端など、人里から離れ、自然環境に恵まれた場所で開業するお店が出てきていることです。
田舎に住まいを移して自分のペースで働くという生き方を選択した人たちが、畑で野菜を栽培したり、石窯でパンやピザを焼いたり、コーヒー豆を焙煎したりしながらお店を営み、そこにお客さんがわざわざ訪れるようになってきています。土地代や家賃は高くないため、数百坪もの広大な敷地を取得して建物を建てて、自分のイメージに合ったお店を実現しています。

「お金をかけてお客さんのいるところに出るか、お金をかけずにお客さんに来てもらうか。僕は後者を選んだわけです。」
(豆岳珈琲(大分県中津市耶馬溪町) 店主・古岡大岳氏コメント。「カフェ開業読本 柴田書店MOOK 2007年」より)

こうしたお店の特徴は、わざわざ時間をかけて訪れるだけの価値がある、際立った商品力や個性を持っている、そして来ていただいたお客さんにゆったりとした時間を過ごしていただくための工夫を凝らしている、というところにあります。そして一部では、こうしたお店に行列ができるという現象が生まれてきています。

こうした〝脱立地論的〟なお店が増えてきた背景には、カフェを紹介してくれる情報誌・雑誌・WEBサイトの存在と、ブログやSNS(ソーシャルネットワーキングサイト)の普及によるお客さんのクチコミ力の強化、そして、カフェというイメージの浸透が進んできたことがあります。

自分の中に培ってきた感覚、技術、個性を信じてお店を立ち上げたお店が、遠くからでもわざわざそのお店に行く、参詣モデルのお店になっている。自分の"やりたい"から始まったお店が、従来ではあり得なかった立地でも成立するようになってきているのです。

「やりたいこと」と「やってほしいこと」。それは立地のレベルでは「街の文脈を知ること」と「街の文脈から自由になること」に対応しています。そして今の時代には、街の文脈から自由なお店を作ることに、目標を置く人が多くなってきているようです。

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山納洋(やまのう・ひろし)

1971年西宮市生まれ。93年に大阪ガスに入社。神戸アートビレッジセンター、扇町ミュージアムスクエア、扇町インキュベーションプラザでの勤務を経て、現在は大阪21世紀協会において文化プロデュースの仕事につく。一方で、トークサロン企画「扇町Talkin’About」(2000~)、日替わりマスターによるバー空間維持活動「Common Bar SINGLES」(2001~)、表現空間としてのカフェの共同維持活動「common cafe」(2004~)などをプロデュースしている。

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