<構築>人類学入門

第1回 なぜ君は行くのか?

2009.07.17更新

「文化人類学って、何をしてるんですか?」
よく聞かれるけど、いまだに答えにくい質問のひとつ。

「あの・・・アフリカ、行ってます」

そんな答えでお茶をにごしていると、
「アフリカでは、何を?」となる。
「村に住み込んで、いろいろ調べたり・・・
 歴史だとか、文化だとか・・・」

なぜ文化人類学者は、どこかに出かけていくのだろうか?
もちろん、今ではアフリカなどの「遠い」国だけでなくて、
日本の身近な場所で調査をやっている人も多い。
でも、近所であっても、やっぱりどこかには出かけていく。

文化人類学をやっている人が、
いつも、その「お出かけ」を楽しんでいるのか、
と言えば、そうとも限らない。
実際、つらいことだって、たくさんある。

「だのになぜ 歯を食いしばり
 君は行くのか そんなにしてまで」

答えを先取りして言ってしまえば、
「わたし(われわれ)」を知るため。
かならずしも「かれら」を知るためだけに、
どこかに出かけているわけではない。

文化人類学のフィールドワークをした人は、
だいたい自分の存在を揺さぶられるような経験をしている。
そこから「わたし」や「われわれ(日本人でも、人類でもいい)」
について、もっと知りたい、という欲求にかられていく。

そして、その「知る」の先には、たぶんこんな想いがある。
「わたし(われわれ)」の社会/世界をよりよくしたい。

前連載「エチオピア的」を読んでいただいた方なら、
少しはイメージがわくかもしれない。

「わたし/われわれ」は、「あなた/かれら」との差異として
はじめて理解可能なものになるし、存在することができる。
それが前連載でたどりついた、ひとつの結論。

ぼくらは「自己」の姿を見定めるために、「他者」と出会いにいく。
文化人類学は、その出会いを通して、社会や世界を考えている。
今回も、その地点から、ゆっくり歩みはじめよう。

そして、他者と出会い、自己を知ることが、
どのようにぼくらの社会/世界をよくすることにつながるのか。
文化人類学という学問は、何をつくりだせるのか。
できれば、その可能性について考えてみたい。

<構築>人類学入門。
よりよい社会/世界をつくるための人類学を目指して。
また、しばらくお付き合いください。

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松村圭一郎(まつむら・けいいちろう)

1975年、熊本生まれ。立教大学社会学部・准教授。エチオピアやザンビアなどアフリカの農村部を中心にフィールドワークを続ける。富の所有や分配、貧困や開発援助の問題などを研究。主著に『所有と分配の人類学』(世界思想社、2008)、『基本の30冊 文化人類学』(人文書院、2011)。
KYOTO的では、28回にわたって「エチオピア的」を連載した。

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