<構築>人類学入門

第23回 援助3

2011.05.20更新

先進国とエチオピアの人びとをつなぐ「食糧援助」。
そこには国家や市場がいろんなずれ方をしながら絡みあっていた。

アメリカなど穀物生産国には、穀物市場を裏で支える農業保護政策があった。
市場の価格は需要と供給といった市場の論理だけでなく、国家の介入によって決まる。

政府が買い取った穀物は市場の外に出され、援助物資という「贈物(非商品)」に変わる。
食糧不足の有無だけでなく、外交戦略や市場開拓の可能性から贈与相手が決められ、アメリカの人道主義の象徴として星条旗のラベルとともに世界各地に移送される。

しかし、食糧を受けとるエチオピア人の多くは、アメリカが贈り主であることを知らない。
エチオピア政府は自分たちの功績としてアピールする(ときに徴税の手段にも使われる)。

同時に、村で誰が食糧を受けとるのか、その「貧困者」を決める村長たちも、援助食糧の配分を通して自分たちの政治力を高めている。
農民たちは「村長とけんかしたら、援助の対象者からはずされる」とささやく。

一方、援助食糧を受けとった人たちは、お金に困れば、それを定期市で売却する。
いったん市場の外に出された食糧という「贈物」が、再び「商品」となって市場に戻る。

農村部に大量の援助食糧が届くようになって以来、配布された穀物からローカル・ビールが醸造され、親類縁者を招いて催す宗教的な祝祭が活発化したという地域もあった。
貧困を改善するための「援助」が、ここでは地域の「社会性」(人びとのつながり)の基盤に使われはじめている。

国境をこえてモノが動き回り、その結節点に国家や市場が関与しながら、いくつもの「社会」が構築されていく。
それは、現代の「世界」のひとつの縮図でもある。

さて、この「縮図」から何がわかるのか。
ひとつは、「政治」や「経済」が単純に切り分けられる領域ではないということ。
それらはいろんなところで「癒着」している。

ぼくらが、ぼんやりと「そこにある」と感じている「国家」や「市場」も、最初から明確な輪郭があるわけではない。
売買というルールのもとで交換するのか、直接的な対価を求めず(でもいろんな意図を実現するために)贈物として渡すのか。
一元的な意志決定の枠組みにもとづくのか、分散的な意志決定にゆだねるのか。
モノを動かし、その動かし方を変えるなかで、その輪郭がつくられていく。

もうひとつ重要なのは、個人の日常的な行為のレベルが、国家や市場といった大きな動きと「連接」しながらも、かならずしも「連動」していないという点。
つながってはいるが、前もって意図された方向性が一貫しているわけではない。
アメリカの外交戦略も、エチオピア政府の思惑も、いろんな人の仲介をへて薄められていく。
国家や市場の政治的な意図は、最後は個人の行為のなかで解消される。

さまざまな思惑を背負った「援助食糧」を消費し、交換し、ビールをつくり、そこにひとつの「社会」をつくりあげているのは、人びとの日常の営みだ。
国家の政治的な意図を実現するのか、そこからかけ離れた自分たちの選択のなかでまったく違う社会関係をつくりあげるのか、それはぼくらの行為にかかっている。

国家の権力や市場の搾取は、上からの暴力的な支配によって実現されるわけではない。
むしろ、あらゆる人びとの行為のなかで現実のものとなる。

これまで人類学は西洋近代的な国家や市場といった巨大な力を批判してきた。
でも、「わたし」という存在から切り離された力を批判するだけの時代は終わりつつある。

ぼくらは「国家権力」や「市場原理」といった言葉に惑わされてきた。
国家が、つねに暴力的な(あるいは無能な)権力者の手中にあるわけではない。
市場に不変で一貫した原理や力があるわけでもない。

「経済」のところで書いたように、誰もが市場にモノを投入して商品化することもできるし、市場からモノをとりだし、脱商品化することもできる。
市場のとなりに非市場の領域をつくりだし、「愛情」を表現したり、「家族」という関係をつくることもできる。

「世界」のなかに「社会」をつくりだす力。
それがぼくらにはある。

国家や市場による構築性を批判するだけではなく、自分たちの構築力に目を向ける。
それが<構築>人類学の目指すべき道だと思う。

もちろん、国家や市場を無視してよい、という意味ではない。
ぼくら自身の手で現実化している国家や市場の力とどう向き合うのか。
もう少し考えを進めよう。

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松村圭一郎(まつむら・けいいちろう)

1975年、熊本生まれ。立教大学社会学部・准教授。エチオピアやザンビアなどアフリカの農村部を中心にフィールドワークを続ける。富の所有や分配、貧困や開発援助の問題などを研究。主著に『所有と分配の人類学』(世界思想社、2008)、『基本の30冊 文化人類学』(人文書院、2011)。
KYOTO的では、28回にわたって「エチオピア的」を連載した。

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