<構築>人類学入門

第25回 公平2

2011.07.14更新

前回、ぼくらの心と身体は公平さというバランスを希求している、と書いた。
他者とのあいだに大きな偏りを察知すると、人はそれを是正しようとする。

では、公平さのバランスを取り戻すには、どんな手段があるのか?

ひとつは、偏りそのものを否定したり、覆い隠したり、見て見ぬふりをすること。
もともと偏りがなかったことにしてしまえば、擬似的にバランスを回復できる。
これは、ぼくらがもっとも頻繁にやっていることかもしれない。

偏りには、その偏りができる正当な理由がある。
収入や境遇の格差は、能力に差があるから。
能力は自分の努力の結果なのだから、それは仕方ないことだ。

日本では誰もがそれなりの生活を享受できている。
世界には貧しい国もあるが、それはその国の政府の責任だ。
日本人は日本という国の問題を第一に考えればよい。

こうして偏りの因果関係や対象範囲がずらされ、なかったことにされる。

もうひとつバランスを取り戻す方法は、物や財を動かすこと。
より多くもつ人からもたない人へモノを移譲する。

この移譲には、市場での交換、非市場での贈与、国家による再分配がある。

市場での交換は、等価物が交換されているようにみえるが、そうではない。
モノの価値は、人によって異なる。
野菜をたくさんもっている人は、肉や魚により高い価値を見出す。
逆に肉や魚が余っている人にとっては、野菜がより高い価値をもつ。
同じ額のお金があっても、人によって本を買うのか、服を買うのか違う。

市場での交換は、原理的には、こうした個々の必要性を充足する最適値を目指す。

一方、非市場での贈与は、この「最適値」を目指さない。
バレンタインのチョコは、相手がチョコに価値を見出すかどうかに関係なく贈与される。
お中元やお歳暮なども、相手が必要としているから贈られるわけではない。
自分では買わないような品が贈られることも多い。

贈与は、相手の必要性や欲求を満たすために贈られるわけではない。
感謝や愛情といった感情を表現し、相手との関係を築くことが目指される。
(逆に相手を屈服させる敵対的な贈与もある)

震災のあと、被災地に向けて大量の支援物資が届けられた。
それは、ある種の公平さを目指した行為だったと思う。
でも、ぼくらが目にしたのは、被災地の実情に合わず、自治体の倉庫に大量に保管されたままの物資であったり、刻々と変化するニーズに対応することの難しさだった。

避難所の近くにコンビニが開設されると、被災者の方々が喜んで買物をしていた。
無料の支援物資があるのに、なぜお金を払う商品が求められるのか。

贈物を受けとることに選択の余地はない。
しかし市場では、誰もが自分の必要に応じて意志決定し、欲求を充足できる。
それぞれが限られた資金のなかで優先順位の高いものを選択する。
(お金が有限だからこそ、人は冷静に優先順位を考える)
市場での交換は、こうして個々の微細なニーズの差異や多様性に対応できる。

贈与は、人と人をつなぐ心温まる行為だが、けっして万能ではない。
ただ市場での交換も、もともとの資金(交換財)の偏りは解消できない。
その「最適値」は、すでにある偏りを度外視することで達成される。

国の再分配はどうか。
「再分配」とは、いったん多くの人から徴収した財を特定の人や事業に振り分けること。
非市場的な財の移譲という意味では、やや贈与に近いが、原則的には、公平性の回復も含め、もっぱら公共の目的のために利用される。

贈与と違うのは、財の出所が匿名化され、覆い隠されるということ。
個人からの義援金や支援物資は、受けとった人に少なからず贈り手のことを想起させる。
しかし、公共事業の功績者に、政治家の名前があげられることはあっても、納税者の名前があげられることはない。

国にとって再分配が重要なのは、それが国民の負担を国家の功績に変える仕組みだからだ。
その恩恵を受けた人は、国への恩を感じたとしても、納税者のことは忘れてしまう。

同じく納税者の側も、自分が資金の提供者であるという意識を失う。
再分配の失敗は、政府の責任であって、自分の責任ではない。
贈与が人と人をつなげるとしたら、再分配では本来あるべきつながりが分断されている。

公平さを実現するための手段にはさまざまな限界がある。
そこで<構築>人類学にできることとは何か。
次回、まとめよう。

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松村圭一郎(まつむら・けいいちろう)

1975年、熊本生まれ。立教大学社会学部・准教授。エチオピアやザンビアなどアフリカの農村部を中心にフィールドワークを続ける。富の所有や分配、貧困や開発援助の問題などを研究。主著に『所有と分配の人類学』(世界思想社、2008)、『基本の30冊 文化人類学』(人文書院、2011)。
KYOTO的では、28回にわたって「エチオピア的」を連載した。

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