<構築>人類学入門

第30回 <番外編2> UAE・オマーン調査行

2011.12.07更新

オマーンから再びアラブ首長国連邦へと向かう。
ちょうどイスラームのイード祭前の祝日で、国境のチェックポイントには長蛇の列ができている。

UAEやオマーンの国籍をもたない外国人専用のカウンターが並ぶ部屋。
列の最後尾に並んで待つ。
1時間半が過ぎても、ほとんど1メートルも前進しない。

突然、サングラスをかけた強面の係官が、「車に戻れ!」などと叫びはじめる。
インド系の一団が抗議すると、「オマーンに帰れ!」と警備員につまみ出された。
どうやら、なかなか手続きが進まないので、人数を減らそうとしたようだった。
そんな無茶な・・・。

何がどうなっているのかわからないまま、3時間以上かかって、ようやく出国。
昼食もとれず、もう16時になろうとしていた。
昼頃に会う約束をしていたウバンチのことが気にかかる。

ドバイで購入したプリペイド式の携帯電話は、残金がわずかだった。
UAEに入り、国内料金で使えるようになってから、ウバンチに電話する。

「いま国境を越えたから、1時間半くらいでアブダビにつくと思う」
「アブダビの手前の町でハイウェイを降りてね・・・まちがえないでよ!」

電話の向こうからは、はずんだ声が返ってきた。

ウバンチは、村でお世話になってきた家族のすぐ近所に住む娘さんだ。
両親は、ともにエチオピア南部の少数民族の出身で、父親は国営のコーヒー農園で働いていた。私が最初に村に訪れたときは、まだ7歳くらいだったはずだ。

彼女が海外に出稼ぎに出るのは、今回で2度目だった。
最初は、16歳のとき、クウェートで働きはじめた。
雇い主の男性から関係を迫られ、その妻からは夫に手を出したら殺すと脅された。
誘いを断ると、暴力を受け、しばらく病院に入院したこともあった。

彼女は給料ももらわず、着の身着のままで逃げ出すことを決意。
路上にいるところを警察に捕まり、エチオピアへ強制送還となった。
アジスアベバ行きの飛行機には、同じような女性たちが20人あまり同乗していた。
精神的におかしくなって、座席に縛りつけられた少女もいた。
80もの遺体の棺もいっしょだったという。

そんな話を彼女から聞いたのは、2009年3月のことだ。
彼女は、すでに次の渡航先のことを考えていた。
借金をして働きにでた以上、どうにかしてお金を稼がないといけない。
それに、アラブの裕福な生活を目にした彼女には、村が退屈でしかたないようだった。

アブダビに向かうハイウェイの両側には、ずっと緑の木々が植えられている。
その並木のすぐ先には、さらさらに乾いた砂漠が広がる。

待ち合わせ場所のショッピングセンターにいくと、イスラーム女性の黒いヒジャーブに身を包んだウバンチが別のエチオピア人女性とともに歩いてくる。

どこか見覚えのある顔。
エチオピアの村でよく遊んでいたナビユという少年の妹だった。

ウバンチは、6人のエチオピア人女性たちと休日を過ごすための部屋を借りていた。
ナビユの妹とは、たまたまアブダビで出会ったという。

食事を準備しているというので、彼女たちが間借りしている部屋に向かう。
エチオピアの女性と結婚したエジプト人男性の家の一部屋。
8畳ほどの広さだろうか。きれいなソファーや棚が置かれている。

ウバンチは、すぐにジーンズとおしゃれなブラウス姿に着替えてくる。
「街にでるときは、こんな格好できないけど、家ではいつもこうよ」と笑う。
彼女は、もともとエチオピア正教徒のクリスチャンだった。
中東で家政婦として働くにあたり、ムスリムと偽って渡航していた。

「それにしても、こんなところまで会いに来てくれるなんて・・・」
ウバンチは、終始、楽しそうにUAEでの生活について語ってくれた。

最初の2年間は、オマーン国境に近いアル・アインで家政婦をしていた。
だが、そこでも雇い主からひどい扱いを受けた。
彼女は、パスポートももたずに家を飛び出し、今度は、仲介業者を通さずに個人契約で家政婦として働くようになった。
給料は、以前の3倍以上になったという。

「あと6年は働いて、お金をためるつもり」
「最後は、警察に捕まって、タダでエチオピアに帰るわ!」
「エチオピアに帰ったら、貯めたお金で商売でもはじめようかしら」

快活に話す表情からは、希望と自信をもって生きているのが伝わってくる。
あと1カ月で20歳になるという彼女の姿には、貫禄さえ感じられた。

1週間、泊まり込みで働き、休日の昼間だけ、自分たちの部屋に戻って、同郷の友人たちとつかの間の時間を楽しんでいた。

見知らぬ土地にきて、そこに自分たちのささやかな砦を築く。
その砦で仲間とともに心穏やかな時を過ごし、また戦場へと出向いていく。

「ねぇ、これも写真に撮ってー!」

働きに出るために再びヒジャーブ姿になった彼女が声をあげる。
ひょいと裾をあげた足元には、銀色のラメの光るヒールの高いサンダルがのぞいていた。

2年前、彼女がクウェートから村に戻ったとき、唯一手にしていたポーチには、小さく折りたたんだ紙がいくつも挟まっていた。
それは、女性用のハイヒールやサンダルが並ぶスーパーの広告の切り抜きだった。

エチオピアの村の女性たちが経験しているあらたな世界は、「夢」の舞台でもある。
その「夢」に、女性たちは近づいているのだろうか。
それとも、舞台裏では残酷な現実が進行しているのだろうか。
まだよくわからない。

市場というシステムのなかで、人間が安価な商品として国境をこえて移動する。
そのシステムの現実と、そこで希望を見出し、生きる道を探そうとする若い女性たち。

そこには現代の社会/世界を象徴するひとつの断面が顔をのぞかせている。

(番外編 おわり)

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松村圭一郎(まつむら・けいいちろう)

1975年、熊本生まれ。立教大学社会学部・准教授。エチオピアやザンビアなどアフリカの農村部を中心にフィールドワークを続ける。富の所有や分配、貧困や開発援助の問題などを研究。主著に『所有と分配の人類学』(世界思想社、2008)、『基本の30冊 文化人類学』(人文書院、2011)。
KYOTO的では、28回にわたって「エチオピア的」を連載した。

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