<構築>人類学入門

第35回 教育1

2012.10.17更新

不思議なものだ。
いつのまにか「教員」として学生を他者化して語っていることに、自分でも書きながら戸惑いを覚える。

少し前まで大学院生の延長のような気分でいたし、むしろ学生側の人間だった。
「いまどきの学生は〜」なんて言いはじめたら終わりだよな、と思っていたはずなのに。

教壇から対峙する学生たちの「群れ」は、自分にとってまさに「容易ならざる他者」だった。
その他者に「おまえは何が語れるのか?」、「何を与えてくれるんだ?」と問われつづけながら、ここ数年、教員としての自己のあり方を模索してきた気がする。

学生にすれば遠くで小難しい話をするだけの「先生」も、かつては大学生という群れのなかのひとりだった。
そこから教壇にあがり、学生に語りかける立場に身をおくと、見える景色ががらりと変わる。
自分が教室の隅で、どんな思いで遠くにいる「先生」を眺めていたのか、すでに忘れかけている。

では、自分自身は「大学生」として何を学んだのだろうか。
どんな「教育」を受けたのか。

思い返せば、自分もけっしてまじめな学生ではなかった。

大講義室で、くたびれたおじさんが小さな声でごにょごにょと話しているのをみて、すぐに教室から出たこともあった(その著名な先生は「同僚」になると、とてもきさくで、すてきな方だった)。

「楽勝」と知られた授業にまったく出席せず、レポート課題の文献を本屋で立ち読みしてレポートを書いたこともあった(みごとに「不可」だったけど)。

何度となく寝坊しては、朝の授業をさぼっていた(睡眠と授業に出ることを布団のなかで天秤にかけて、いつも睡魔に敗れた・・・)。

大学で受けた授業で印象に残っているものは、数えるほどしかない。
そこで何を学んだのかをはっきり覚えている授業なんて、ほんとんどない。

それでも、大学で「教育」を受けたと思うし、人間として成長した気はする。
何がそう思わせるのか。

バイトやサークル、友人関係のなかで、いろんなことを経験し、考え、語り合い、自分がどういう人間であるかをかたちづくることができたのは、とても大きかったと思う。
ひとまず、その授業以外の部分は、おいておこう。

まず、なぜ学んだことを忘れるのか、というところから。
それはたんに記憶が薄れていくからだけではない。
「忘れる」のには、理由がある。

たぶん大学の授業で何も聞いていなかったわけでも、何も感じなかったわけでもない。
むしろ「忘れる」のは、そのときはじめて知った考え方やそこで感じたことが、あとで自身が経験したり、考えたことと混りあって、いつのまにか「自分のもの」として身体化してしまったからだ。

学んだことの多くは、「知らなかったこと」から「知っていること」へと変わる。
すると、そのアイディアの起源がどこだったのか、それをどこで学んだのか、「忘れて」しまう。
「自分で考えた」と思っていることの多くは、こうして他者からの「学び」に由来している。

逆に、大学の授業で覚えていることは何か。
思い出そうとすると、同じようなことばかりが頭に浮かぶ。

ゼミで自分の考えをきちんと説明できなかったり、議論できちんと反論できず悔しかったこと。
いろんな本を読んできたつもりなのに、何度読んでもまったく理解できない本に出会ったこと。
文章を書くことには自信があったのに、報告書の文章を指導教員から真っ赤に修正されてしまったこと。

あげだしたらきりがない。
思い出すのは、ほとんど自分ができなかったり、できないことに気づいたことばかりだ。

こんなこともあった。
調査実習という授業で、島根県の漁村で初めて「フィールドワーク」をしたときのことだ。
かつて父親とよく海釣りに行っていたので、その漁村の景色も、最初は見慣れた漁港に過ぎなかった。
それが、いろんな人の話を聞いていくうちに、まったく想像もしなかった集落の歴史や人びとの暮らしがあることがみえてきた。

いかに自分が何も見ていなかったか、人間の営みをわかっていないか、思い知らされた。
日本の地理や歴史について勉強してきたはずなのに、じっさいにふつうの人びとがどんな思いで、どんなふうに生きてきたのか、自分はまったく知らなかった。

エチオピアでもそうだ。
それなりにいろいろと勉強してきたと思っていた自分が、いかに無知で、無力か、何度も思い知らされた。
こうした経験が、いまの自分の根底をかたちづくっていることは間違いない。

「教育」とは何かを考えるとき、この「できないことを知る」、「知らないことを知る」が重要になる。
よく言われることだし、みんなそのことを知っているはずなのに、大学という場はなぜか逆の方向に進んでいるようにみえる。

大学で教員が学生に何を与えられるのか、という問いのたて方は、「教育」がある種のサービスとして、かたちのあるモノを一方から他方に譲り渡すことを前提にしている。
全体として大学が目指したり、社会が求めていることも、学生が授業で何かを手に入れて、いかに満足をえられるか、何を達成できるかが指針になっている。

でも、それは違うんじゃないか。
次回もつづけよう。

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松村圭一郎(まつむら・けいいちろう)

1975年、熊本生まれ。立教大学社会学部・准教授。エチオピアやザンビアなどアフリカの農村部を中心にフィールドワークを続ける。富の所有や分配、貧困や開発援助の問題などを研究。主著に『所有と分配の人類学』(世界思想社、2008)、『基本の30冊 文化人類学』(人文書院、2011)。
KYOTO的では、28回にわたって「エチオピア的」を連載した。

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