<構築>人類学入門

第38回 研究1

2013.01.31更新

これまで大学教育のあり方について考えてきた。
一般論として「こうあるべきだ」と言いたいわけではない。
むしろ、ここでやっているのは自分がなすべきことの確認作業のようなものだ。

最初に書いたように、震災をめぐる一連の出来事で、ぼくらは一人ひとりが自分の「持ち場」を再点検するよう求められた。

社会のそれぞれの持ち場で「自分がやるべきこと」は何なのか、これまでと同じことを同じように続けていていいのか、自問することを求められた。

まだ、問われるべき点が残っている。
ひとつは「教育」と「研究」との関係だ。

大学で教えている人間は、ほとんどの場合、「研究者」でもある。
この「教育」と「研究」とは、よく相容れない領域のように語られる。

「教育に時間を割かれて、研究ができない」。
「優秀な研究者であっても、よい教育者とは限らない」。

大学にいると、そんな言葉を日常的に耳にする。
研究を本務と考えると、大学での教育業務は「負担」でしかない。
学生の教育こそが大切だという視点からは、研究は「余剰」に過ぎない。

自分も、ずっとそう考えていた。

でも最近、大学の教育者が研究者であることこそが重要だと感じるようになった。
なぜ大学では、研究者が教育しなければならないのか?

それはどんな学問分野であれ、研究者として知的探究をしている人の多くが、いまぼくらの周りにある「知識」が一時的なものであることを日々、肌身で感じているからだ。

研究者とは、つねにあらたな問いを発する人間である。
既存の問いへのあらたな答えを模索するだけではなく、その問いそのものの妥当性を根本から考え直そうとしている。

その「問いを探究していること」が、大学での「教育」をダイナミックなものにする。

大学は、教育機関のなかで教員免許がいらない唯一の場所だ。
その分野の「専門家」だと認められさえすればいい。

ただし、「専門家」とは、何かを「よく知っている人」のことではない。
むしろ、「知っていること」が限定的だと知っている人のことだ。

「問いの探究」は、つねにまだ考えるべきこと、実証すべきことがたくさん残っていて、「いま知っていること」が不十分だという認識にもとづいている。

だから、研究者は、自分が教えていることが、やがて変わりうると知っている。
あるいは、完全にはわかっていないことを教えている、と認識している。

わかっていないことを教えるなんて、そんな無責任な、と言われるかもしれない。
でも、「わからない」から「わかる」に向かうプロセスこそが、学問なのだ。

自分も、大学の授業では、これまでの研究でわかったことは、あまり話さない。
むしろ、これからわかりたいことを先取りして扱うことが多い。

今年度の後期の授業では、「国家と暴力」について文献を読む授業をやっている。
これまでこのテーマを正面から扱って研究してきたわけではない。
現在進行中の調査は食糧援助についてなので、これも直接は関係しない。

でも、エチオピアの社会主義時代の経験などを知るにつれ、「よりよき社会」について考えるには、国家と暴力の関係を理解しないわけにはいかない、と思って取りあげた。

これまできちんと勉強してきたわけではないので、当然、授業準備は手探りになる。
毎回、学生の反応をみながら、そのコメントを思考の糧にしながら、なんとかともにわかろうとしている。

少人数授業だからこそ可能だという面もあるが、毎週の授業は、自分にとってあきらかに研究の一部になっている。

それは、もちろんすぐに論文などの「成果」につながるような研究ではない。
基礎から土台をつくりなおすような、地味な作業だ。

ただ、どこかでその授業のために掘っている穴が、いま現地調査で掘っている穴とつながっているような感触もある。

こんな手探りの授業から、学生は何を学んでいるのか?
教育と研究との調和のとれた関係は、どうやったら可能なのか?

もう少し掘り下げてみよう。

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松村圭一郎(まつむら・けいいちろう)

1975年、熊本生まれ。立教大学社会学部・准教授。エチオピアやザンビアなどアフリカの農村部を中心にフィールドワークを続ける。富の所有や分配、貧困や開発援助の問題などを研究。主著に『所有と分配の人類学』(世界思想社、2008)、『基本の30冊 文化人類学』(人文書院、2011)。
KYOTO的では、28回にわたって「エチオピア的」を連載した。

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