古代文字で写経

プレ第1回 ゆる〜く、かる〜く。古代文字写経のすすめ

2014.03.22更新

「古代文字好き」って案外多いかも

あわいの力』をお読みいただいた方から「古代文字の部分が面白かった」とか「古い言語に興味がわいた」という感想をいただきました。

 実はこれは思ってもみなかったことで、たとえば『あわいの力』の6章の「甲骨文字から「心」の誕生に迫る」で紹介した、「甲骨文字を読んでみよう」という内容などは、今までにもいくつもの出版社さんに「こんなのどう?」と提案をしてきたのですが、ほとんどのところから「それはちょっと」と二の足を踏まれていた内容でした。

第1回

 今回の『あわいの力』でも、ミシマ社の三島さんに「本当にこんなの書いていいんですか?」と確認したのですが、「いいです。面白いです」と言われ、「ほんとかな」と思いながらも書いてみたら「面白かった」という反応をたくさんいただき、正直、びっくりしているのです。

 で、ちょっといい気になってみました。

『あわいの力』の中には、甲骨文以外にもコイネー(古典ギリシャ語)やヘブライ語、アッカド語、シュメール語などを引用しました。あそこら辺もかなりマニアックな内容で、みなさん読み飛ばすだろうなぁと思っていたら、これまた想像以上にしっかり読んでくださっています。

 で、さらにいい気になってしまいました。

 ひょっとしたら「古代文字好き」の人たちは案外多いかもしれない。そういえばミシマガジンの連載にも松樟太郎さんの「究極の文字をめざして」がある。それならと、「ふだんやっている<古代文字写経>をミシマガジンに連載させてもらえませんか」と三島さんにお話したら即座にOKをいただき、今月からの連載と相成った次第です(文字の説明は松さんの連載にリンクして横着することもあります)。

 というわけで、これまたマニアックな連載で、皆さまから面白がっていただけるかどうか、現時点ではまったく自信のないスタートですが、いまはかなりいい気になっているので、この機会に「えいっ」と始めてしまうことにしました。

 本連載では『あわいの力』で紹介した旧約・新約の『聖書』やアッカド語の『ギルガメッシュ叙事詩』なども、原語で紹介します。いわば『あわいの力』の副読本ともいえます。


不愉快な古代語の門

 古代文字や古代語は「勉強しよう」と思うと大変です。

 大学で古典ギリシャ語やラテン語の単位を取った(あるいは取ろうとした)経験のある方の中には「もう二度と見たくない」という人が少なくないでしょう。

「ギリシャ神話やカエサルのガリア戦記などを読んでみたい」と思って授業を取ったはずなのに、格変化や活用を覚えるのだけでメゲてしまい、神話にも戦記にも到達しなかったという人が多い。

 ヘブライ語やサンスクリット語に至っては文字を覚える時点で挫折してしまいます。

 ひとごとではなく、自分がそうでした。

 ジュリアン・ジェインズの『神々の沈黙』に書かれている『イーリアス』のくだりが本当なのかどうなのかを確かめるために、古典ギリシャ語を勉強したときにも、動詞の活用に行く前の格変化で「こりゃあ、ダメだ」と思ってしまいました。

 だいたい授業が途中からフランス語になっていくんです。

「へん、お前はフランス語もわからないのか。それで古典ギリシャ語を勉強しようなんて笑わせるぜ」と言われているようです。

「何かいい参考書はないかな」と思って探すのですが、手に取る本、手に取る本、みんな難しい。古典語の本というのは文法書にしろ何にしろ、なんであんなに難しく書いてあるんでしょう。

 まるで「超アタマのいい人しか、こちらの世界に入ってくるな」と言われているようです。いやいや、「こんな難しいコトバがわかるんだから、俺はアタマがいいんだぜ」と自慢されているようで、不愉快この上ない!


冗談じゃねぇやと「写経」

 不愉快になると燃えます!

 そこで「よっしゃ!」と始めたのが『新約聖書』の写経です。

第1回

『新約聖書』は古典ギリシャ語で書かれました。

 ・・・なんて書くと、「『新約聖書』はコイネーで、古典ギリシャ語ではない」と叱られそうでうすが、本連載はそういうことをあまり気にせず、「古代文字ってなんとなく神秘的だし、かっこよさそうだからやってみたい」という人向けに「細かいことはちょっとわきにおいて、古代文字で写経してしてみましょう」という連載です。

 文法とか、そいうことはほとんど触れません。

 なんといっても「写経」なのです。「写経」なので、文字にしろ、文法にしろ覚える必要はまったくありません。だからストレスがまったくない。

 写しているうちになんとなく自然に覚えてくる、それを待てばいいのです。どうせ放っておいたら一生触れることもないかもしれない言語であり、文字です。何の役にも立たない言語です。10年かかったって、20年かかったって全然問題ではありません。

 あきたら何日でも何年でも休憩すればいいのです。

 また「写経」ですので、「聖句」を中心に写していきます。写しているうちに気持ちも落ち着いてきます。この効果は思ったよりありました。

 で、これに味をしめてさまざまな文字、さまざまな言語の写経を始めたのです。

 これをみなさまにも味わっていただこうと思って始める連載です。

 本連載でも、さまざまな言語の「聖句」を中心にして紹介していきますので、毎朝・毎晩のちょっとした時間を利用して「写経」をしてみてください。カフェに入って、珈琲の香りをかぎながら写経をして「プチ瞑想タイム!」なんてのもいいかもしれません。

 連載なので、ゆる~く進んでいきますし、僕は何の専門家でもないので、「もっと本格的に勉強したい!」という方のためには参考書やサイトも紹介する予定です。

 また、この連載がきっかけになって、さまざまな言語や文字をかる~い気持ちで学び始める方が出てくると、これまた面白いことになりそうだとひとりわくわくしております。そのような方が増えると、古代文字や古代語の入門書がもっと増え、そうなるとまた学ぶ人が増え・・・という善循環が始まります。

 そうそう。僕が古代文字や古代語に興味を持ったのが高校生のときだったので、本連載は高校生がわかるくらいで書いて行きたいと思っています。

「難しい!」という方がいらっしゃいましたら、どうぞお知らせください。

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安田登(やすだ・のぼる)

1956年千葉県銚子市生まれ。高校時代、麻雀とポーカーをきっかけに甲骨文字と中国古代哲学への関心に目覚める。高校教師をしていた25歳のときに能に出会い、鏑木岑男師に弟子入り。能楽師のワキ方として活躍するかたわら、『論語』などを学ぶ寺子屋「遊学塾」を東京(広尾)を中心に全国各地で開催す る。また、公認ロルファー(米国のボディワーク、ロルフィングの専門家)として各種ワークショップも開催している。著書に『能に学ぶ「和」の呼吸法』(祥伝社)、『身体感覚で「論語」を読みなおす。』(春秋社)、『異界を旅する 能  ワキという存在』(ちくま文庫)『本当はこんなに面白い「おくのほそ道」』(実業之日本社)、『あわいの力 「心の時代」の次を生きる』(ミシマ社)など多数。

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