古代文字で写経

サンスクリット語で般若心経 第1回

2014.04.05更新

呪文を写経する

 じゃ~ん!

 いよいよ今回から写経が始まります。

 今日から8回にわたって写経するのは『般若心経(はんにゃ・しんぎょう)』です。

『般若心経』は、数あるお経の中でも日本人にもっとも親しまれているお経です。

・・・と思っていたのですが、この連載のこともあるので、このごろよく人に「『般若心経』って知ってる?」と聞くのですが、思ったほど有名ではないんですね。ちょっとショック。まあ、そうはいってもお経のなかでは一番有名かな・・・。

 お寺などで「写経」をするときも、だいたいが『般若心経』ですし(ただし漢字のもの)、書店などに行くと『般若心経』を書いたお守りなども売っています。

 連載では、この『般若心経』をインドの文字であるデーヴァ・ナーガリー文字で写経してみようと思います。言語は、古代インドの言語であるサンスクリット語です。『般若心経』だけでなく、仏教のお経の多くは、もともとはサンスクリット語などで書かているものなのですが、僕たちがふだん接しているお経は、それを中国語(漢文)に訳したものです。

 で、『般若心経』ですが、これを訳したのは、なんと三蔵法師、「玄奘(げんじょう)」さんです。例の孫悟空たちと天竺(インド)までお経を求めて旅をしたことで有名な人です・・・孫悟空の話はたぶん、うそですけど。

 せっかくの三蔵法師訳ですが、この連載では原文に戻ってサンスクリット語で写経をしてみることにしました。

 今回、写経するところは、『般若心経』を声に出して読んだことのある人なら、おそらく誰もが頭に残っている・・・

「掲諦(ぎゃてい)掲諦(ぎゃてい)波羅掲諦(はらぎゃてい)
 波羅僧掲諦(はらそうぎゃてい)菩提薩婆訶(ぼじそわか)」

・・・の部分です。


呪文さえあればOK! のお経

『般若心経』がどんなお経であるのかについては次回以降にお話をしていくことにして、今回は何はともあれ、まずは書いてみることにします。

 あ、でも、ひとつだけ。

『般若心経』は、実は今回写経する「掲諦(ぎゃてい)掲諦(ぎゃてい)」云々のところがもっとも大事で、ここさえあればOK! というお経なのです。

 ここは呪文の部分です。

 じゃあ、何に効く呪文なのか、というと、これがどんなことにもに効くというマルチ呪文らしいのです。とくに「苦悩」を取り除いてくれる呪文として、古来、親しまれてきました。

 苦しいときがあったら、この「掲諦(ぎゃてい)掲諦(ぎゃてい)」云々を唱える。あるいはこれを書いた紙片などを身に忍ばせておく。それで、あらゆる「苦」が取り除かれる。そんなお経(らしいの)です。

 さて、この・・・

「掲諦(ぎゃてい)掲諦(ぎゃてい)波羅掲諦(はらぎゃてい)
 波羅僧掲諦(はらそうぎゃてい)菩提薩婆訶(ぼじそわか)」

・・・は、サンスクリット語では、こうなります。

 漢字のお経の「ぎゃてい、ぎゃてい」とサンスクリット語の「ガテー、ガテー」、音が似ているでしょ。ここは呪文の部分なので、意味よりも音が大事。だから漢文に訳すときも、サンスクリット語の音にできるだけ忠実に訳したからです。

「すぐに写経したい、今すぐ写経したい!」という方は、ページの最後に行けば写経用の画像がリンクされていますのですぐにどうぞ~! また途中には書き順付きの練習ファイルもあります。これから先も読んでいて「面倒だなぁ」と思った方は、迷わずに最後に飛んで写経をどうぞ(画像を保存してプリントアウトするといいです)。

 手順を踏みたいという方は、もう少し読み進めてからやってください。これからの連載でも以下の手順で解説をしていく予定です。

(1)ここで使う文字の書き順と練習
(2)単語の説明と書写
(3)この文章の意味と解説


使用する文字

 今回は使う文字は以下の9文字です。


★読み仮名(カタカナ)は「だいたいこんな感じ」というものです。ゴシック太字になっているのは「ハッ!」という息を含んだ強い音です。今回の「ダ(dha)」は「ダハッ」です(「ハ」は発音せず、強い息を吐き出します。よくわからない人は、これは無視して普通に「ダ」でどうぞ~)。


書き順と子音文字の練習

 では、これからこの8つの文字を書いていこうと思うのですが、古い文字はどういう書き順で書いたらいいのかがわかりませんね。

・・・ということで、この連載では書き順についても説明していきますが、しかし今回のデーヴァ・ナーガリー文字に限らず、書き順というものはかなりアバウトなもののようです。書き順が厳密に決まっているのは日本くらいらしく、同じ漢字でも中国ではかなり自由に書かれています。そんなわけで、これからいろいろな言語で、一応、書き順を紹介しますが、あくまでも一例であることをお忘れなく。

 さて、デーヴァ・ナーガリー文字の書き順でちゃんと決まっていることはただひとつ、「横線(松さんのインド線)は最後に引く」ということだけです。

 あとは(1)上から下へ、(2)左から右へ・・・で、(3)最後にインド線、が基本になりますが、人によって微妙に違うようなので、まあお気楽に。書きやすいように書いてください。

 では、まず子音の文字を練習してみましょう。

>前回に紹介したカリグラフィー・ペンを購入された方へ。デーヴァ・ナーガリー文字は、縦線を太く、横を細くすると「ぽく」なります(ヘブライ語は逆)。


母音記号をつけると音が変わる

 さて「これで写経の準備はできた!」となるのですが、もうちょっとだけおつき合いを。

 デーヴァ・ナーガリー文字の特徴を今日は2つお話しておきます。

 まずはひとつ。

 デーヴァ・ナーガリー文字は「子音」に「母音」を加えて表記する文字です。そういう意味ではローマ字に近いのですが、ローマ字と違うところは「子音」文字だけのときには(ほとんど)「a」の音を伴って発音されます。

・・・って、「急に難しい話になったなぁ」と思われた方。こういうときは気にせず、どんどん読み進んでください。わからなくても写経にはあまり問題ありません。

 いま、書く練習をした文字はすべて「子音」の文字です。たとえば二番目の「タ(ta)」ですが、これは「子音」の文字なのです。

「え~、ふつう"子音の文字"といったら"t"だけじゃん。タ(ta)が子音だっていうのは変だよ!」とお思いの方、まあ、そうなんですが、そこはあまり深くつっこまずに、「へえ、そうなんだ」でスルーしましょう。

 で、これに「エ(e)」をあらわす母音記号をつけると「テ」になります。上の赤いのが母音記号です。あ、むろん写経のときには色を変える必要はありません。

 さて、今回の写経で使う母音記号は4つあります。

(1)「アー」と伸ばすもの、これは後ろに縦線を一本加えます。

(例)パ(pa)   +アー(aa) →パー(paa)

(2)この加えた縦線の上に斜めの線を加えると「オー(o)」になります。

(例)バ(ba)+オー(o)→ボー(bo)

(3)「エー」は、いまお話したように上に線を一本加えます。

(例)タ(ta)+エー(e)→テー(te)

(4)「イ」はなんと前に縦線を加えて、しかもちょっと角度の深い線をその上に加えます。

(例)ダ(dha)+イ(イ)→ディ(dhi)


「結合文字」というものがあります

 デーヴァ・ナーガリー文字でもうひとつお話しておきたいのは「結合文字」です。

 9つの文字の練習をして、これを読まずにあわてて写経した人はお気づきだと思いますが、書写練習をした中に入っていなかった、こんな文字がありました。

 この文字の読み方は「スヴァ(sva)」。「サ(sa)」と「ヴァ(va)」が結合した文字です。「サ(sa)」が左半分だけ書かれていますね。結合文字は、だいたいがこんな感じです(だいたいです。違うものもあります)。

 でも、今回は、この一字だけですので、結合文字の詳しい説明はまたということにしましょう。

「え、もうひとつ変なのがある」

・・・って気づいた方、そうです。目がいいですね。これです。

の場合は上に点をつける」と、いまはこれだけを覚えておいてください。


母音付き文字と結合文字の練習

 では、母音付き文字と結合文字も練習しておきましょう。


文字の組み合わせで単語ができます

 文字の説明はここまでです。これらの文字を組み合わせると単語ができます。


ga te
ガテー:到達した人よ(ガター:到達した人の「呼格」)


pa a ra
パーラ:彼岸、土手、目的地


pa a ra sa m ga te
パーラ・サム・ガテー:彼岸に完全に到達した人よ


bo dhi
ボーディ:菩提、悟り

 この「ボーディ(bodhi)」は「仏陀(budha)」と語源が一緒です。「budh」というのがもとで、それがあるいは「ボーディ」になり、あるいは「仏陀」に変化します。で、「budh」の意味は「知る」とか「目覚める」とか、そういう意味。
 ですから「仏陀(budha)」というのは「目覚めた人」、あるいは「賢人」という意味です。ちなみに「水星」という意味もありま〜す。



s va a ha a
スワーハー:幸あれ(呪文の最後に付けられる)
※「スヴァーハー」という読み方もあります。

※ちなみに単語になっても「インド線(松さん)」は最後に引きます。


文の説明です・・・一応

 これらの単語を組み合わせると文になりますが、今回の「ガテー・ガテー・・・」は、文の意味を考えようとすると文法的にうまく説明できないところがあります。

 呪文の言葉だからでしょうね。

・・・というわけで、今回は意味を云々するよりも、それを書写し、それをお守りのように携帯し、ときどき唱えればいいや、くらいのつもりでいきましょう。意味自体をあまり深く考えるのはやめ!

でも、一応・・・。

【全体の意味】
 到達した人よ、到達した人よ、彼岸に到達した人よ、彼岸に完全に到達した人よ。
 悟りよ。幸あれ。


では写経を

 それでは写経用の画像ファイルをダウンロードして写経をしましょう。

 

※鉛筆などで写経をする方は「小さい」方で、カリグラフィーペンで写経をする方は
「大きい」方でどうぞ。


読誦してみよう

 古代の言語は、実際に発音してみると途端に親しみがわいてきます。今回は呪文なので、特に発音することが大事です。せっかくなので朗誦をしてみたいと思います。

 ヴェーダ詠唱者であるニテャーナンダ・トウドウ師による黒ヤジュル・ヴェーダ式の詠唱をお手本にちょっとアレンジしてみました。本物を聴きたい方はがCD『ヒーリング般若心経』をどうぞ。

 これを3回唱えます。

 お手本は、初音ミクちゃんに歌ってもらうことにしましょう。

「ガテー、ガテー・・・」を三回繰り返したあとに、ミクちゃん、何よりぼそぼそ言ってますが、それについては次回にお話します。また、演奏はネイティブ・アメリカンの音楽です(著作権はクリア)ので、いい音で聴いてくださいね。ちなみにミクちゃん、「調教」はしておりませ~ん。

 あ、それとこれから先もミクちゃんの朗誦が付くということは期待しないで下さいね。ミクちゃんは歌は得意ですが、語りは苦手なので節のないものを朗誦させるのが難しいのです(すみません。全部、ひとりでやっているので、そこまでやっているヒマがないのです)。

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安田登(やすだ・のぼる)

1956年千葉県銚子市生まれ。高校時代、麻雀とポーカーをきっかけに甲骨文字と中国古代哲学への関心に目覚める。高校教師をしていた25歳のときに能に出会い、鏑木岑男師に弟子入り。能楽師のワキ方として活躍するかたわら、『論語』などを学ぶ寺子屋「遊学塾」を東京(広尾)を中心に全国各地で開催す る。また、公認ロルファー(米国のボディワーク、ロルフィングの専門家)として各種ワークショップも開催している。著書に『能に学ぶ「和」の呼吸法』(祥伝社)、『身体感覚で「論語」を読みなおす。』(春秋社)、『異界を旅する 能  ワキという存在』(ちくま文庫)『本当はこんなに面白い「おくのほそ道」』(実業之日本社)、『あわいの力 「心の時代」の次を生きる』(ミシマ社)など多数。

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