古代文字で写経

サンスクリット語で般若心経 第3回 前編

2014.04.19更新

※毎回のお約束です。「va」は現代のヒンディー語では「ワ」に近く発音されますが、つづり字をイメージしやいように、
以下の説明では「ヴァ」で行きます。朗誦は「ワ」で読んでいます。


今回は冒頭部分です

 最初にお知らせです。

 以前にお知らせした、呉竹のカリグラフィー2 ツインマーカーですが、アマゾンで 850 円 とありますが、寺子屋にいらっしゃっている相田さん(『あわいの力』のあとがきにも登場))の情報によりますと、店頭での定価は、ナント!「150 円」だそうです。相田さんは東京の有隣堂本店で求められたそうです。文具店で聞いてみてください。

 それと前回の写経用ファイルでローマ字部分に一部、間違いがありました。「m」の下の「・」 が抜けているものがありましので、差し替えをしておきました。ちなみに本文中では文字化けをしてしまうので、わざと「・」をなしにしてあります。

 さて、では今回の分を。

 前の2回では『般若心経』の最後の部分を写経しました。今回は、最初の部分を写経して みましょう。

 漢訳のお経でいうと「観自在菩薩(かんじざい・ぼさつ)行深(ぎょうじん)般若波羅蜜 多時(はんにゃ・はらみた・じ)」のところです。

第3回

 漢訳のお経ですとちょっと(14 文字)しかありませんが、サンスクリット語はかなり長く感じますね。いままでの写経に比べると格段の長さです。

 なぜこんなに長いのかというと、漢文訳では省略されてしまっている部分がサンスクリッ ト語の原文にはあるからです。インドで説かれたときには必要だったけれども、「中国では いらないや」と玄奘さん(三蔵法師)が思い切って切り捨てたところです。

 このことについてはあとでお話することにして、まずはいつものように進めましょう。


新しく使う文字

 今回は新しく使う文字は7つです。最初の「ナ」と最後の「ナ」、発音は似ていますが、細かいことは今回は気にせずにいきましょう。

第3回

 こちらから練習用のものをどうぞ!


新しい母音

 今回は新しい母音はありません。


結合文字

 新しい文字も7つだし、新たな母音もなく、「すげぇ簡単!」と思うと大きな間違いで、結合文字がなんと4つもあります。しかも、みんな変な文字ばかり・・・。でも、写経ですから、 あまり気にせずいきましょう。ふたつのグループに分けて見ていきましょう。

【Aグループ】「ra」と結合するグループ
 前回もそうでしたが「ra」と結合すると、変な形になります。今回は上にピロッというの がつきます。
第3回

【B グループ】「va」につくグループ

第3回
※あとのものは「ta+ta」と「va」という風に3つの文字が結合しています。


長いので3つに分けてみました

 さて、いつもですとここで今日の「単語」になるのですが、今回は今までに比べると写経 する量が多いので、全体を3つの部分に分けて、それぞれにお話をすることにしましょう。

 YouTube を見ることができる環境にある方は一度、通して見てみてください。


第1の部分



第3回

 最初の部分はほんのちょっとしかありません。単語は3つ。

第3回

 3つめの「ジュニャー(jñā:知恵)」、どこかで見たことがありませんか。

 そう。前回やった「プラジュニャー(智慧)」の「ジュニャー」です。前回のプラジュニャ ー(智慧)は「知恵」のジュニャーに「大いなる」とか「優れた」とかを意味する「プラ」 がついた語で、「大いなる知恵」で「智慧」という訳になりました。ただの「知恵」ではないのです。

 で、今回の「ジュニャー」は、「すべての」をあらわす「サルヴァ(sarva)」がついて「サ ルヴァ・ジュニャー」。「すべての知恵」という意味です。仏教っぽくいうと「一切智」と なります。「仏智」ともいいますね。

 さて、最初の単語の「ナマハ(namah)」。※本当は「h」の下に「・」が付きますが、文字化けするので「h」でいきます。以下同。

 本文では「ナマス」と発音されています。まあ、気にしない人は気にしないほうが気楽に写経できますが、どうしても気になっちゃうという方のために・・・。

 これは次の文字の発音が「s」だからです。サンスクリット語には、こういう風に次の単語につられて発音やつづりが変わるものがよくあります。で、これが面倒で勉強をやめてし まう人もよくいます。ですから、こういう面倒な話はスルーすることにしましょう。

 で、「ナマハ(namah)」の意味ですが、これはもう音そのもので「南無」。

「南無阿弥陀仏」とか「南無観世音菩薩」とか「南無妙法蓮華経」とか「しわとしわと合
わせてしあわせ、なむ〜」とかの「南無」です。

 もともと「挨拶をする」という意味です。で、相手が「仏様」とか「一切智」の場合は、 丁寧な言葉で翻訳して「礼拝する」とか「帰命する」とか「敬礼する」とか、そんないろ んな訳になります。

 ちょっと余談ですが、お寺やお墓では「南無」と両手を合わせますね。これはインドの挨 拶の仕方をマネしています。で、神社ではパンパンと拍手(かしわで)を打つ。パンパンの拍手は日本の挨拶の仕方だと『魏志倭人伝』にあります。

 インドから来た仏様に対しては合掌、そして日本の神様に対しては拍手と、自分が礼拝す る対象と同じ身体言語を使う。これは空海の『即身成仏義』の三密のひとつ、身密ですね。

 空海は、仏様と同じ身体作法(身密)をし、同じしゃべり方(口密)をし、そして同じ考 え方(意密)をすれば、「ほら、もうそれであなたも仏さま」という三密による即身成仏の 方法を示しました。僕たちは無意識で、このうちの「身密」をしているわけです。

 そしていまはサンスクリット語でお経を唱えるという「口密」に挑戦中。あとは仏さまと同じ考え方の「意密」だけで、あなたも即身成仏! でも、この「意密」がなかなかね〜。

 ちなみにインドの挨拶といえば「ナマステー」ですね。これも「ナマス」に「あなたに」 を意味する「テー」をつけた形です。「ナマステー」というのは「南無あなた」なんですね。


第2の部分

 さ、第2の部分が今回の中心です。

第3回

 単語は3つです。


 最初の2つは「インド線(松さん命名)」で結ばれていますが、「アーリヤ(aarya)」と「アヴァローキテーシュヴァラ(avalokiteśvara)」という2つの単語からなっています。しかも、 前の語の最後の「a」と次の語の最初の「a」がつながって、一語のようになっています。

 最初の「アーリヤ(ārya)」は「聖なる」とか「高貴な」とかいう意味です。 これは僕たちも知っているサンスクリット語のひとつです。
「アーリア人」の「アーリア」です。アーリア人というのは、「俺たちは高貴な民族なんだ ぞ」というちょっと上から目線のことばです。

 ここでは観音様についている「聖なる」ですから、むろん上から目線ではありません。さて、次が今回の写経のメイン中のメイン。

アヴァローキテーシュヴァラ(avalokiteśvara)」。

 三蔵法師さんは「観自在(菩薩)」と訳されました。観音さまです。

 観自在菩薩=観音様は、日本でもっとも親しまれている仏様(菩薩)のおひとりです。本 来の性別はおそらく男性なのですが、女性として描かれることも多い仏様です。慈母観音なんていったりして、もう性を超越しちゃってます。
 観音様のサンスクリット語が、この「アヴァローキテーシュヴァラ」。

 avalokiteśvara

 ちょっと色を変えてみました。実はこの語は、色分けしたようにさらに3つの部分に分け
ることができます。

 まず、赤くした「lok」ですが、これが動詞のルート(根)と呼ばれる部分で、意味は「見る」。

「お?」と思った方、いましたか。

 そう。「lok(見る)」は「look」に似ているでしょ。サンスクリット語はインド・ヨーロッ パ語のグループの言葉なので、ヨーロッパの言語に似ている言葉が多いのです。

 最後の「-iteśvara」は英語の「-able(〜できる)」。これも何となく似てるでしょ。

前の「lok」と、この「-iteśvara」で「ローキテーシュヴァラ(lok-iteśvara)」=「look-able」。
「見ることができる」です。

  で、どんな風に見ることができるのかというのを示すのが最初にある「ava」で、これは上
から下の方を示すような言葉。この「ava」も「over」に似ていなくもない。 ・・・てなわけで・・・

ava+lok+-iteśvara(アヴァローキテーシュヴァラ)

over-lookable

「遥か遠くまで見渡すことができる」なんて意味になります(以上の説明、これ、細かいところはいい加減なので、言語学者の方からはお叱りを受けそうですが、でも、こうやると覚 えやすいのです)。


*続きは明日更新します!

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安田登(やすだ・のぼる)

1956年千葉県銚子市生まれ。高校時代、麻雀とポーカーをきっかけに甲骨文字と中国古代哲学への関心に目覚める。高校教師をしていた25歳のときに能に出会い、鏑木岑男師に弟子入り。能楽師のワキ方として活躍するかたわら、『論語』などを学ぶ寺子屋「遊学塾」を東京(広尾)を中心に全国各地で開催す る。また、公認ロルファー(米国のボディワーク、ロルフィングの専門家)として各種ワークショップも開催している。著書に『能に学ぶ「和」の呼吸法』(祥伝社)、『身体感覚で「論語」を読みなおす。』(春秋社)、『異界を旅する 能  ワキという存在』(ちくま文庫)『本当はこんなに面白い「おくのほそ道」』(実業之日本社)、『あわいの力 「心の時代」の次を生きる』(ミシマ社)など多数。

あわいの力

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