古代文字で写経

サンスクリット語で般若心経 第6回

2014.05.10更新

否定語を覚えましょう

 前回は、弟子である舎利子(シャーリプトラ)に、観音様が「色即是空」を伝えるところを写経しました。

 漢訳の『般若心経』を覚えている方は「あれ?」と思ったかも。順番がちょっと違いますね。漢訳を見てみましょう。

舎利子
不異空、空不異
即是空、空即是

 漢訳では、観音様が舎利子に最初に伝えたのは「色不異空、空不異色」です。それから「色即是空・・・」がきます。

 サンスクリット語の原文では、ここの順番が逆になっていて、最初が「色即是空・・・」、それから「色不異空・・・」になります。この「順番が逆」ってところも面白いのですが、それはのちほどお話することにして・・・。

 さあ、今回は・・・というわけで「色不異空」のところ。『色』は『空』に異ならず、です。

 この「色不異空」という文を見ると、大事な文法の術語が登場することに気づきます。

 それは「不」です。日本語では「~ない」、英語では「not」。

 中学校で英語を勉強したときもすぐに出てきた単語ですし、どんな言語を学ぶときにも絶対、絶対覚えるべき重要単語です。

 というわけで、今回も、まずはこの最重要単語、「不(~ない、not)」を覚えてしまいましょう。重要語はとてもシンプルです。サンスクリット語ではたった一語。

「ナ(na)」。

 大事なので赤でもう一度書きます。「ナ(na)」!

 サンスクリット語も「ナ」、日本語も「~ない」、英語も「not」、ちなみにドイツ語もフランス語もスペイン語も、そのほかいろいろな言語でも否定語は「ナ」行のことが多いです。

 バベルの塔の前までは世界の言語が同じだったという話、なんとなくわかる気がしますね。実はこのようにいろいろな言語で似ている音をもつという言葉は案外多いのです。ここら辺もいろいろな言葉を知る楽しみのひとつです。

 さあ、今回もこの「ナ」を5回唱えておきましょう。

「ナ」・「ナ」・「ナ」・「ナ」・「ナ」

 さ、これはもう覚えましたか。


もうひとつ

 ついでにもういっこ覚えちゃいましょうか。

「プリタク(pṛthak)」

 意味は「異なる※」。

 単語を覚えるのが苦手な方は「ぷりぷり怒っているタクシー」をイメージするといいでしょう。で、そのぷりぷり怒っている「プリタク」君に向かって、かんのんさまが「違うよ(異なる)」とか優しくさとしている図。

 さ、これで今回覚えるべき単語はふたつとも覚えてしまいました。では、本文をどうぞ!

※ここでは文法的な話はしないことにしていますが、実はこれ前置詞なのです。ま、でもそこら辺はあまり気にせずいきましょう。


本文


意味

『色』は『空性』に異ならず、『空性』は『色』に異ならず。


新しい文字、新しい母音

 今回は新しい文字も新しい母音もありません。


結合文字

 今回も結合文字はあります。「こんなとこ、結合文字にしなくてもいいじゃないか」というところも結合しています。まったくねぇ・・・。


単語

 今回は新しい単語は2つだけです。しかもすでに覚えてしまっています。


写経


朗誦

 では、また朗誦をどうぞ。今回は短いので前回の続きからいきましょう。
※途中で「シャーリプトラ」があいさつ「ナマステー」をしていますが、それは気にせずに・・・。


否定語がいっぱい

 さて最初に、サンスクリット語と漢訳では、今回の写経部分と前回のものとが逆になっているということをちょっとお話しました。

 漢訳では「色即是空」の前に「色不異空」という否定(不異)の文が先に来ています。何度も書きますが、このお経を中国語に訳したのは玄奘さん。例の孫悟空たちと「にんにきにきにき(知らない人は無視してください)」と西国インドにお経を取りに行ったお坊さんです。

 ここが逆になっているということは、その玄奘さんがサンスクリット語の原文を中国語に翻訳するときに「こりゃあ、逆にした方がいい!」と判断して、順番を逆にしたということです。「中国人には否定から始めた方が伝わるぞ」と思って逆にした。

 今回は、そのことについてちょっと触れたいと思うのですが、その前にこの『般若心経』を読誦していると「否定」語がすごく多いということに気づくと思うのです。これは漢訳で読んでも、サンスクリット語で読んでもです。

 否定語(不、無など)を赤にして漢訳全文を掲載してみましょう。

観自在菩薩行深般若波羅蜜多時
照見五蘊皆空度一切苦厄
舎利子色異空空異色
色即是空空即是色受想行識亦復如是
舎利子是諸法空相

是故空中受想行識眼耳鼻舌身意
色声香味触法眼界乃至意識界
無無明亦無無明尽乃至老死亦老死尽
苦集滅道智亦得以所得故
菩提薩埵依般若波羅蜜多
故心罣礙罣礙故有恐怖
遠離一切顛倒夢想究竟涅槃三世諸仏
依般若波羅蜜多故得阿耨多羅三藐三菩提
故知般若波羅蜜多是大神咒是大明咒
上咒是等等咒能除一切苦真実
故説般若波羅蜜多咒即説咒曰
掲諦掲諦波羅掲諦波羅僧掲諦菩提薩婆訶 般若心経

 ね、すごいでしょ。

『般若心経』自体が、否定の経典だということが見え見えです(←あ、この言葉遣い変かも)。

 肉体もないし、感覚もないし、行動もないし、苦しみもないし、悟りもないし、迷いもない。「なんにもない、なんにもない」と、はじめ人間ギャートルズ(知らない人は無視してください)のような経典が『般若心経』なのです。

『般若心経』の「空」というのは、この徹底的な否定から生まれるんですね。

 で、これ、昔の中国人、大好きなのです。


道教と融合した中国式仏教

 仏教は、中国で受け入れられたあと、独自の変容を遂げました。朝鮮半島を通じて日本に入ってきた仏教は、お釈迦さま発案のそのままの仏教というよりも、こちらの中国式仏教です。で、この変容のベースになったのが老子、荘子の「道教」です。道教というのは、不老不死とか仙人とかいう「神仙思想」のアレです。

 というか、変容うんぬんの前に、むかしの中国人が仏教を受け入れたのも、この道教の下地があったからだと思うのです。仏教が中国に入ったとき、すでに儒教や道教などの宗教というか思想というか、そんなものがド~ンとあって、仏教はそれらと融合しながら中国社会に溶け込んでいきました。

 そのときに、特に道教の神仙思想や現世利益的な考えと結びつき、もともとのインドの仏教とは全然違う形の中国式仏教として受容され、発展してきました。

 まあ、そのおかげというか結果というか、本家本元のインドでは仏教は衰退してしまいまましたが、中国経由の仏教は日本においても、韓国においても、いまだにしっかりと根づいて残っています。

 考えてみれば「空」とか「無常」とか言っているお寺でお守りを頒布しているとか、お参りする僕たちもお賽銭をちゃりんと入れて「もっと幸せにしてください」とか「長生きしたいし、健康でもいたいです」とか「お金がもっとほしい」とかってお祈りするのって変でしょ。

 でも、それもこれも現世利益バリバリの道教に色づけされた仏教なので全然問題ないのです。

 さらに『般若心経』の「空」が、道教の「無」にすごく似ている・・・つうか、いつの間にか「無」というと禅宗などの仏教を思い出すようになっちゃってるし。

 もう完全に融合してます。


道教も否定が大好き

 で、その道教の基本の経典である『老子』も『荘子』も、まさに否定の書なのです。

『荘子』の最初は、こんなお話から始まります。

 北の真っ暗な海に魚がいました。その名は「超ちっちゃい魚(鯤:こん)」という。その「超ちっちゃい魚」の大きさは何千キロあるかわからないくらい。

・・・って「ええっ?」でしょ。ちっちゃいのにデカイ。デカイのにちっちゃい。

 で、その「超ちっちゃい魚」である鯤(こん)は、ある日、鳥に変容します。

・・・これも変。魚が鳥になるなんて・・・。

 その鳥の名前は「風(鵬:ほう)」。その背は、やはり何千キロあるかわからない。で、そいつが「どーどど、どどど(怒)」と風の又三郎のような音を発して空を飛べば、その翼は天を覆う雲のようだとか。

 海がぐわっと動くときに、この鳥は飛び立ち、南の真っ黒な海に移動する。その南の真っ黒な海は「天の池」なのである。

・・・って、これ、普通の論理的な思考ではまったく理解できない。ちっちゃいのにデカイ、魚なのに鳥。北の真っ暗な海とか南の真っ暗な海ってどこだ!

 あらゆる常識的な思考を否定して『荘子』は、始まります。

『老子』もそうです。

『老子』の書き出しは「これが『道』だ! という『道』は、本当の『道』じゃないよ~」だし、これに続くのは「これがその『名前』だ! という『名前』は本当の『名前』じゃないよ~」と、これまた否定から始まるのです。

 神仙への道は否定から・・・に慣れている中国人にとって、否定語満載の『般若心経』はとても親しみやすい経典だっただろうし、そしてだからこそ玄奘さんはこの部分を翻訳するときに、「神秘の智慧はまずは否定から」という思いから、否定を先にしたんじゃないかな~などと妄想してみるのです。

・・・というわけで、ではまた次回に。


※あ、そうそう。サンスクリット語の『般若心経』はあと2回で終わってしまいます。で、『般若心経』全部は終わらないんですが、写経部分だけは数カ月以内にすべてアップしますね。

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安田登(やすだ・のぼる)

1956年千葉県銚子市生まれ。高校時代、麻雀とポーカーをきっかけに甲骨文字と中国古代哲学への関心に目覚める。高校教師をしていた25歳のときに能に出会い、鏑木岑男師に弟子入り。能楽師のワキ方として活躍するかたわら、『論語』などを学ぶ寺子屋「遊学塾」を東京(広尾)を中心に全国各地で開催す る。また、公認ロルファー(米国のボディワーク、ロルフィングの専門家)として各種ワークショップも開催している。著書に『能に学ぶ「和」の呼吸法』(祥伝社)、『身体感覚で「論語」を読みなおす。』(春秋社)、『異界を旅する 能  ワキという存在』(ちくま文庫)『本当はこんなに面白い「おくのほそ道」』(実業之日本社)、『あわいの力 「心の時代」の次を生きる』(ミシマ社)など多数。

あわいの力

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