古代文字で写経

サンスクリット語で般若心経 第7回

2014.05.17更新

関係代名詞=「『みんなで仲良し』形成アイテム」

 写経の連載、サンスクリット語による『般若心経』も、残すところあと2回になりました。

 今回も、前回、前々回に引き続き『色』と『空』の話が続きます。

『色』と『空』の話、長いですね。

 最初に「色=空」ということを説明し、それから次に「色と空は異ならない」ということを説明し、それでもまだ足りずに今回もまたまた『色』と『空』の話が続くのです。

 言いたいことは今までと同じで「色=空」ということなのですが、手を変え、品を変え、さまざまな言い方をしているところなど、「本当にこのことをしっかり伝えたいんだなぁ」ということがびんびん伝わってきて「もう、そこまで言うんならば信じますよ」と、根負けをしてしまいます。

 そうか、これがねらいか。

 さて、今回は「関係代名詞」という、英語アレルギーの人には耳を覆いたくなるようなモノを使っての説明になります。

 でも、「関係代名詞」って、そんなにアレルギーになるほどのものではありません。

 たとえば何かをこそこそ食べて「これ、うまい!」とかいって大騒ぎをしている人がいたとしてね、食べていない人からすれば「勝手に言ってれば~」なんてなるのですが、この「うまい」に関係代名詞をつけると「うまいもの」となって、その姿を突然あらわにする。

 で、「おお、みんなで食えるぞ!」というふうになるし、みんなで食べて「おいしいね~」なんて仲良くなったりもする。

 そんな「『みんなで仲良し』形成アイテム」が関係代名詞なのです。

『般若心経』でも、『色(しき:形がある)』だけだと抽象的でなんのことだがよくわからないのを、関係代名詞を使って『形があるもの』にすることによって、それがちょっとだけ具体化する。

・・・って、それでもよくわからないし、別にだからといって仲良しにもならないけどね~。

 ま、そんなお手伝いをするのが関係代名詞なので、別にアレルギーにならなくてもいいでしょ・・・ってなものです。


「ヤー」!

 ちなみにこの関係代名詞、英語だと「what」とかですが、サンスクリット語ですともっと簡単。

「ヤー(yā)」。

 大事なので赤でもう一度書きます。「ヤー(yā)」!


※今回の絵は元ミシマ社さんの長谷萌さん画です。

 はい、では恒例通り5回どうぞ。

「ヤー」・「ヤー」・「ヤー」・「ヤー」・「ヤー」

 さ、これはもう覚えましたか。

 あ、「空」は覚えていますか。「シューニャ」でした。「空性」は「ター」がついて「シューニャター」。

・・・というわけで。

「ヤー」「シューニャター」

・・・で「空性であるもの」、「空であるもの」となります。


「サー」!

 ついでにもうひとつ覚えちゃいましょう。

 今度は「それは」という、ふつうの指示代名詞。「それは私のです」とか「それはおいしそう」とか「それはペンです」とかいうときの「それは」。

 これは「サー(sā)」

 大事なので赤でもう一度書きます。「サー(sā)」!


※軍隊式の敬礼をして「サー(Sir!)」といってイメージ。

 はい、これも5回どうぞ。

「サー」・「サー」・「サー」・「サー」・「サー」

 これも簡単ですね。これに「シューニャター(空性)」をつけ・・・

「サー」「シューニャター」

・・・となると、「それは空性である!」なんて、なかなか哲学的な文になります。


サンスクリット語の名詞には「性」がある

 ところで、いまちょっとウソをいいました。

 指示代名詞である「それは」は「サー」だけではないし、関係代名詞も「ヤー」だけではないのです。

 たとえば、さっき紹介した・・・

「サー(それは)」「シューニャター(空性)」
it is empty .


・・・という文はアリなのですが、この文のあとの方の「空性」を「色(しき:ルーパ)」に変えて・・・

「サー(それは)」「ルーパ(色)」
it is form .

・・・という文は作れません。

 それはなぜかというとですね・・・ということをお話する前にまず知っておいていただきたいことがあって、それは・・・

●サンスクリット語の名詞には「性」がある

・・・ということです。「性」というのは男性とか女性とかいう性です。

 サンスクリット語の名詞は、たとえば「鳩」とか「村」とか「町」とか「河」とか「水」とか「蜂蜜」とか・・・こんなありとあらゆる名詞は「男」か「女」か「中性」かのどちらかに属しているのです。

 ちなみにこれらの名詞の性は・・・

「鳩」男性
「村」男性
「町」女性
「河」女性
「水」中性
「蜂蜜」中性

 村や町、あるいは河や水なんか似ているのに性別が違って面白いでしょ。

 で、これは「色(しき)」とか「空」などのように、「とても性別なんてないだろう」というものにもあります。ちなみに「色」と「空」でいうと...

「色」=中性
「空」=女性

・・・なのです。


代名詞にも「性」がある

 ま、このくらいならあまり面倒でもないでしょ?「だからナニ?」でスルーすればいいのですが、面倒なのは名詞だけではなく、「それ」とか「あれ」とかいう代名詞にも「男性」、「女性」、「中性」があるということ。

 あ、でも、これもあまり面倒じゃないですね。英語にもあります。

男性:he
女性:she
中性:it

 いまの英語では、まず「ひと」か「モノ」に分けて、モノは全部"it"で、「ひと」だけは男性(he)と女性(she)に分けていますが、でも性別の数は3つで同じ。サンスクリット語3つの性に分けられています。そう考ると、サンスクリット語もあまり難しくはありませんね。

 で、名詞が女性だったら、「それは」とか、関係代名詞の「~のもの」も女性にするという約束があります。

 たとえば、さっき「空」は女性だと言ったでしょ。だから、前にやった「それは空性である」、「サー・シューニャター」の「サー」は女性の指示代名詞なのです。

 そして「色(しき:ルーパ)」は中性なので、女性の「それは」である「サー」は使えない。

 というわけで男性、女性、中性の指示代名詞(それは)を書いておきます。

男性:サハ(sah:本当はhの下に「・」)
女性:サー(sā)
中性:タット(tat)

 これがわかれば「それは『色(中性)』である」という場合は「サー・ルーパ」ではなく・・・

「タット・ルーパ」

・・・となることがわかりますね(実際には音の変化などもあるので「タッド・ルーパン」)。


関係代名詞にも「性」がある

 そして、関係代名詞も同じ。

 さきほどの「空なるもの(ヤー・シューニャター)」の「ヤー」は女性です。

 これは指示代名詞の頭を「y」にすればいいので簡単です。

男性:ヤハ(yah:本当はhの下に「・」)
女性:ヤー(yā)
中性:ヤット(yat)

 ですから「『色(中性)』なるもの」は「ヤット(ヤッド)・ルーパン」となります。

・・・というわけで、面倒な話は終わり。

 って、あまり面倒じゃなかったでしょ。

 これが本当に面倒になるのはサンスクリット語で作文をしたり、会話をしたりするときです。文を作るときに、まず「この名詞の性はなにかな」ということを辞書で引いて、それから「あ、女性か。じゃあ、サーだな」とか「あ、中性だからタットだな」とかしなきゃいけない。それがめんどくさい。

 でもね、この連載で写経していく言語は、現在使われていないものがほとんどです。ですから、実際に会話をしたり、作文をしたりする機会はまずありません。

 タイムマシンができたり、テルマエロマエのようなアクシデントがあって、お釈迦さまに質問をしたり、ソクラテスに対話で負かされたりと、そんな機会が出現したときだけ、そんな面倒は起こります。

 でも、なかなかそんなチャンスはなさそうだし、読むだけならば、代名詞も関係代名詞も何度か見ておけば「ああ、これ見たことある」でOK! これは男性、これは女性といえなくても全然問題ないのです。

・・・と今回は前置きがやけに長くなりましたが、では本文に。


本文


新しい文字、新しい母音

 今回は新しい文字も新しい母音もありません。


結合文字

 結合文字もひとつだけ。


単語

 単語も、もう説明しちゃいました。

写経

 てなわけで、今回はすぐに写経です。


朗誦もどうぞ~


お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

安田登(やすだ・のぼる)

1956年千葉県銚子市生まれ。高校時代、麻雀とポーカーをきっかけに甲骨文字と中国古代哲学への関心に目覚める。高校教師をしていた25歳のときに能に出会い、鏑木岑男師に弟子入り。能楽師のワキ方として活躍するかたわら、『論語』などを学ぶ寺子屋「遊学塾」を東京(広尾)を中心に全国各地で開催す る。また、公認ロルファー(米国のボディワーク、ロルフィングの専門家)として各種ワークショップも開催している。著書に『能に学ぶ「和」の呼吸法』(祥伝社)、『身体感覚で「論語」を読みなおす。』(春秋社)、『異界を旅する 能  ワキという存在』(ちくま文庫)『本当はこんなに面白い「おくのほそ道」』(実業之日本社)、『あわいの力 「心の時代」の次を生きる』(ミシマ社)など多数。

あわいの力

バックナンバー